最後の戦いの前に告白したヒロインの中身が、実の父親だった

ななみや

一話完結

「アルト……この扉の奥に魔王がいる。いよいよ……これが最後の戦いだ」


 純白のローブに身を包んだ、背の低い美しい顔立ちの少女がその美しい声で俺に話しかけてきた。



「ああ……セニアもよくここまでついてきてくれた」


 俺も少女に答える。



 俺の名はアルト。


 冒険者であり、そして勇者だ。



 本当はこの世界の人間ではないのだが交通事故で一度死んでしまったことから転生し、大きな力と使命を与えられてこの世界にやってきた。


 この世界の災厄たる「魔王」を倒せる唯一の人間として、冒険を続けてきた。



 そしてこの場にもうひとりいる人間、聖女セニアは唯一ここまでついてきてくれた相棒だ。


 口調はぶっきらぼうだが、この無口な少女はいつも優しい目で俺を見てくれる。



「セニア……。最後の戦いの前に……言っておきたことがあるんだ」


「なに?」


「こんなところでなんだが……その……この戦いが終わったら田舎に家でも買って、一緒に暮らさないか……? その……二人でさ……」



 告白があまりに唐突すぎただろうか。


 しかし、セニアは一瞬動揺したような表情を見せるも、その白い頬を赤らめ俺の告白を受け入れてくれた。



「うん……それも、いいかもしれない」


「ありがとう」



 それだけじゃない。


 それだけじゃいけない。


 もう一つ大事なことを、セニアに言わなければ。



「それともう一つ、伝えなきゃいけないことがある。実は俺、この世界の人間じゃないんだ……」


「え?」


 流石のセニアも目を丸くして俺の方を見る。



「地球と言う星の、日本と言うところから来た……。神様の手違いで死んでしまってさ、チート能力を与えられてこの世界に転生してきたんだ」


「日本……本当に……日本から……?」



 異世界から来たと言うのは流石のセニアでもショックが大きすぎたのだろうか……。


 ま、まずいな。


 渾身の告白をした後での爆弾発表は良くなかったな……。



「あ、いや、異世界と言っても、文明レベルは違うけど俺が人間であることは大して変わらないよ。ええと、あっちの世界では普通に学校行って、勉強したりして……あ、向こうでの名前はケンジって言うんだ。こっちだと変な名前かも知れないけどさ」


 何とか取り繕おうとしどろもどろになりながら、俺はセニアにそんなことを言った。



「ケンジ……まさか、ケンジなのか……!? 上村高校出身で、囲碁将棋部所属のケンジで間違いないか!?」


「な……え……? そ、そうだけど……」


 何故……何故セニアはその事を知っている?



「アルト……いや、白山ケンジだな。ユウヤと言えば分かるか? 白山ユウヤ……そう……私の本名であり、そして向こうの世界ではお前の父親だ……」


 ……。


「はぁ!?」



 少しのフリーズの後、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 いや、ええ……?


 セニアがとーちゃん???



 嘘だろ!?



「妻の名前がタエコで……その……突如ダイエット宣言をして女性専用フィットネスに通い始めるも二日で飽きて行かなくなったお前のかあさんの夫だ……」


「間違いないですね……間違いなくとーちゃんですね……」



 俺の言葉に整った顔立ちの少女が明らかに動揺したような目つきで無表情ながら頷く。


 その顔は大変美しく可憐であるが、中身は東京の中小企業で中間管理職をやっていた(元)髪の薄い小太りのおっさんだった。



 いや、これ以上嫌な『アイ アム ユア ファーザー』ある!?


 だって、渾身の告白をした相手がとーちゃんだったんだよ!?



 どうすんのよ!!??


 ルーク・スカイウォーカーもびっくりだよ!!



「ああ、それで、ケンジよ……先程の提案なのだが、一緒に暮らすと言うのは、良い……。だが、外見は確かにこのような形ではあるのだが、なにぶん人生の大半を過ごしてきたおじさんとしてのさがは中々抜けないものなのだ……その点においてはギャップがあるかもしれないが、それでもよいか……?」


「うん……大丈夫……中身がとーちゃんだとしたら、さっき言った意味での一緒の生活は俺もちょっと無理……いや、とーちゃんのことが嫌いとかそう言うわけではないのだけど……」



 その、ごめん、とーちゃん。


 俺は「セニア」と一緒に暮らしたかっただけなんだ……。



 あと、俺が鈍感なだけかもしれないけど、今までの冒険でとーちゃんは聖女でいてくれてたよ……それは本当にありがとう……。


「すまない。では、先程の話はひとまず置いておくとして、魔王とやらを倒しに行こう」





*****************************





「お前が魔王だな! 世界の平和のため、お前を打ち滅ぼす!」


「なんなのよ、もう。最近あたし達の領土を荒らしまわってる人間がいるって聞いたけど、あんたたちなワケ?」


 扉の奥の玉座には、立派な角を持ったいかつい身体つきをした魔族の男が座っていた。



「部下達を随分やってくれちゃったみたいじゃない。正直感心しないわよ、そう言うの」


 妙におばさんっぽい口調と仕草ながら圧倒的強者としての威圧感を持って、魔王は俺達に言う。



「はぁー面倒くさいわね……。ああでも、あんたたち、人間だったら話通じる? あたしねえ、この世界の存在じゃないのよ」


 な、なに……?


 まさか魔王も転生してきたと言うのか……?


 そんな俺の内心に知ってか知らずか、魔王は俺達に一人で捲し立ててきた。



「お隣の鈴木さんとスーパーヌマヤで買い物中に偶然会って立ち話をしてたらねーぇ? 急に落ちてきた看板の下敷きになっちゃって一度死んだみたいなんだけど、この世界に連れてこられてねぇ……。それで何だかんだあって魔王に祭り上げられちゃって、本当は困ってるのよ。あたしは人間達だって別に滅ぼす気無いのよ? なんてったってあたしも元人間だしねえ。でも、配下? の子達がノリノリでねぇ……どうにか魔族と人間の落としどころってないもんかねぇ。わかる? あんた達」


 ……ん? お隣の鈴木さん? スーパーヌマヤ……??



「旦那と子供をあっちの世界に置いてきちゃったんだけどねぇ……もう、あの人達はあたしがいないとなーんにもできない人達だから心配で心配で……」


 え??


 まさか……まさか……??



「ま、まさか……かーちゃん?」


「お、おい。勇者のケンジに続いて、魔王はタエコなのか……?」


 俺ととーちゃんは思わず顔を見合わせた。



「え? あんた、ケンジなの……? それと、そっちの女の子は……あなた……?」





 ……いや、どーすんだ、これ。





*****************************





「あなたー、ご飯できたわよー。そろそろ休憩したら? ケンジもいらっしゃい」


「うむ」


 いかつい魔族の王の声に可憐な少女が手を止め、土を拭う。


 畑を耕していた俺も鍬を置き、家の軒下に作られたオープンテラスの食卓へと向かった。



「ほんと、味の薄い質素な食卓になっちゃってごめんねぇ。この世界調味料が全然手に入らなくてねぇ、せめて、醤油くらいあったら良かったんだけど」


 そんなことをぶつくさ言いながら、いかつい魔族の王はその身体には似合わぬ所作でちまちまと食器を並べていた。



 何だかんだあって、俺ととーちゃんは魔王を討伐したていにして田舎に隠棲。


 そしてかーちゃんは魔王職を辞して俺達と暮らしている。



 色々と面倒な後始末やら手続きやらはあったが、今は親子三人水入らずだ。


 向こうの世界に気がかりなことはいくつか残しているが、戻り方はおろか戻れるかどうかも分からない。


 取りあえず家族三人一緒に過ごしながら、戻れる方法を探そうと言うことになったのだ。



 ……まあ、実情としては山奥の田舎で自給自足の生活をしながら日々を過ごしているだけなのだが。


 かーちゃんもとーちゃんもこの生活に不満は無いようなのでいいか……。



「元勇者、そして魔王よ! 大義により、貴様等を成敗する!!」


 そんな平穏生活を続けながら今日も今日とて魔王かーちゃんお手製の根菜スープを頂いている俺達の間に突如、野太い声が割って入ってきた。


 声の方を見ると、畑の向こうに褐色肌の大男が一人。



「あらあら。あたしの結界術を破って入ってくるなんて、大したもんだわね」


 魔王かーちゃんが、そんなことを言いながら立ち上がろうとする。



「まあ待ちなさい、かあさん。まずは相手の出方を見よう」


 聖女とーちゃんは魔力を右手に込めつつも、魔王かーちゃんのことを制止した。



 俺は近くに置いた鍬を手に取り、相手の一挙手一投足を見守る。



「元勇者達よ。お前達が国王を欺き魔王を匿っている罪は重い。そして魔王、俺は貴様を討伐するためにここに来た。三人まとめて、覚悟して貰おう!!」


 そう言うと大男は担いでいたバトルアックスを掲げ、戦闘態勢に入った。



 警戒する聖女とーちゃん魔王かーちゃん


 しかし、俺は一応戦闘のために鍬を持ってはいたものの、何か確信めいたものが頭にあった。


 大男に一つ、問いかける。



「戦う前に一つ聞いておきたいんだが……あんた、地球から……日本からこの世界に転生してきたわけじゃないよな?」


「……な!? 日本の事を知っているのか……!?」


 俺の言葉に褐色肌の大男は明らかに動揺していた。


 やはりか……何となくだけど、そんな予感はしてたんだ……。



「お前、日本での名前はリカって言うんだろ……白山リカ……違うか?」


「は? ……ええ!? なに? なんなの!? そうだけど……! え? こわい!!」


 その大男は戦士然とした佇まいには似合わない、少女のような動きをし始める。



 はぁ……ここまできたらそうだよなぁ……。



「白山ケンジ……俺の……元勇者の本名だよ……。お前の、兄ちゃんだ……」


「え……? ケン兄ちゃん!!??」


 大男は動揺のあまりバトルアックスをその足元に落とした。



「リカちゃん!? あんた、リカちゃんなの!?」


「リカ……! お前もこっちに来ていたのか!!」


 俺と褐色肌の大男とのやり取りを聞いていた、聖女とーちゃん魔王かーちゃんもようやく事態を飲み込めたようで、俺達二人に駆け寄ってくる。



「ママ!? パパもなの!? うわあああん!! 会いたかったよおおおお!!!」


 泣き叫ぶ褐色肌の大男、大男の頭を撫でながら抱きしめる大男より更にガタイのいい魔族の王、その様子を眺めながら慈父のように無言で微笑み頷いている小さな少女……。



 一度はバラバラになってしまった家族だが、形を変えながらではあるものの再び四人揃うことが出来た。


 大団円である。



「……いや、どーすんだ、これ」


 突き抜けるような青空の下で繰り広げられている大男と魔族の男と小さな少女三人の異様な光景を見つめながら、俺は思わずつぶやいた。

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最後の戦いの前に告白したヒロインの中身が、実の父親だった ななみや @remote7isle

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