3
しばらくヤリ部屋で呆然とした後、ふつふつと込み上げてきたのは猛烈な焦燥感だった。なにに焦れて焦っているのかも分からなくなるほどの、ただただ強烈な焦燥感。内臓の全てがざわざわと不調和に動いて俺を焦らせている。
どうしようもなくて、とにかく立ち上がり、とにかく部屋を出て、とにかく家を出て、とにかく駅まで走って、とにかく電車に乗って、電車の中でも座ったり立ったり無駄に足踏みしたり、また座ってみては貧乏ゆすりなんかして、気が付いたら要さんの部屋の前にいた。
ああ、また俺はどこまでもやさしい人を傷つけるつもりなのか、と、頭の中では自分を確かに責めた。それでも指は焦りのままにインターフォンを押す。
「……こんな時間にどちらさまぁ?」
あからさまに寝起きの声で、煩わしそうにドアを開けたのは梓ちゃんだった。寝間着らしきスウェット姿で、長い髪にも寝癖らしきうねりが付いている。
「……あ、」
とぼけたような数秒の間の後、ようやく梓ちゃんは俺を認識したらしかった。
「要ならいないよ。」
その言葉は嘘だと、俺にははっきりと分かった。だって彼女は必死すぎる。早朝にいきなり訪ねてきた知人に驚いているにしても、その表情はちょっとやりすぎだ。
「私も寝起きなの。悪いけど出直してよ。」
すっかり目が覚めたらしい彼女は早口で言い、ドアを閉めようと両手に力を込めた。白く細いその腕は、確かに震えていた。
要さんは、中にいるのだ。多分、この前会ったときより痩せて青ざめて病的な姿になって。
「出直せない。」
俺は縋るような思いで、ドアを閉められてしまわないように腕と足を割り込ませた。
「出直せないんだ。」
どうしていいのか分からなくて、不安で、怖くて、焦って焦れて。そうなったときに頼れる人が、俺にはどうしても要さんしかいない。
「出直して。」
ほとんど懇願のように言いながら、梓ちゃんは俺の腕や脚に構わず、ドアを閉めようとがむしゃらな力を込める。
「分かって。要も人なの。」
分かっていた。分かって、無視し続けてきた部分だった。そこを的確に突かれて、俺の腕から力が抜けた。
がつん、と、俺の腕と足がドアに挟まって悲惨な音を立てる。それでも痛みは感じなかった。頭の中に痛み以外のものが渦を巻きすぎていて。
梓ちゃんには、その音は聞こえさえしなかったのだと思う。彼女はさらに、全身の体重をかけて俺の腕と足を挟んだままドアを閉めようとした。
あ、折れるかも、と、他人事みたいにちらりと頭に過ぎった。
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