歯型の効力
2回目、と、兄貴は俺の項を握りつぶした。前回と同じ、たまたますれ違た家の廊下で。
「……だったらなに。」
俺はぐっと腹に力を込めて、兄貴の目を睨み返した。
そのとき兄貴は、俺の目の中から内臓の中身まで見透かそうとするような目をしていた。
いつもの目じゃない。いつもなら、この人はそもそも俺の目なんて見ないのだけれど、たまたま目が合ってしまったときだって、そこには俺を憎むような色しかない。俺が要さんと関係を持って以来ずっとそうだ。その目と対峙するつもりでいたから、予定が狂った俺はわずかにたじろいだ。
「要は、誰とでも寝るけど2回目はない。」
兄貴のいつもより数段低い声。
この声も、前回とは違う。前回はもっと、露骨に苛立った声をしていた。俺に対するときはいつも同じだ。こんな、内側からあふれ出てくる激情を抑え込んでいるような物言いはしなかった。
怯まないように、それが無理ならせめて怯んでいることを悟られないように、体を強張らせたまま、俺はなんとか目の前の男を鼻で笑う。
「だったらなんだよ。」
こうやってしか、俺は兄貴と会話ができない。強姦に続くルートを敷く以外に、どうやってコミュニケーションをとればいいのか分からない。
前回と同じにしてくれ、と心の中で念じる。
前回みたいに、俺の顔も見ず声も聞かず、ヤリ部屋に放り込んでくれ。俺はあんたとの正常な交流の仕方が分からなくて、ずっと足もとが不安で仕方がないのだ。
「なんでお前なんか。」
確かに兄貴はそう言った。
なんで要さんが俺なんかに2度目を許したのか、疑問に思っているのだろう。それは俺だって一緒だ。
あの人がずば抜けてやさしいことも、俺に好意を持ってくれていることも、俺がその好意に付け込んだことも確かだけれど、それでもまだ、なぜ、と思う。なぜあなたは、俺にここまで許すのか、と。
けれど、それでもこいつだけにはそんなこと言われる筋合いはない。俺なんかをせっせと強姦し続けるこいつにだけは。
「知らない。好みなんじゃない。」
吐き出すのはまた、挑発するような物言い。
早くヤリ部屋に放り込んでくれ、とまた強く念じるも、兄貴はその場で俺のTシャツの裾を捲り上げてきた。
むき出しにされた腹や腰に、点々と散る要さんの歯型。
灯りが煌々と点った廊下で、こんなに雑な手つきでシャツを捲られてだけでも、なにかを期待する自分の身体の浅ましさに嫌気がさした。
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