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「分かってるんだ。俺がきみのことを好きだっていうのと同じ意味で、きみが俺のことを好きにはならないって。」
それなのに、と、要さんは俺の方に視線を向けないまま、じっと俯いて肩を震わせている。
「きみは真面目でお人よしだから。もう、悪い人に騙されたら駄目だよ。ホテルなんて、ついてったら駄目。」
違うと思った。全然違うと。
悪い人は、俺の方だった。確実に。騙したのだって、きっと俺。真面目でもお人よしでもないくせに、俺に好意を向けてくれる要さんを利用した。
散々話を聞いてもらって、その上身体まで。
兄貴のことを忘れたくて、自分は狂っていないと思いたくて、壊れそうになっていた俺にとって、要さんからの好意は心地よかったのだ。とても。
「要さん、違う。」
「違わないよ。」
要さんの語気は激しかった。そしてやはり彼は、こっちを見てくれない。じっと、二人の間に落とされた3つの手に視線を落としているだけで。
「違わない。今日だって、どうして来たの? 俺はまた、なにかするかもしれないよ。適当に耳触りのいいこと言って、きみを騙して。」
顔が見たいと思った。どんな顔でこんなことを言っているのか。まさか本気で、自分が俺を騙してホテルに連れ込んだと思っているのだろうか、このひとは。
そんな無茶苦茶なことがあるか、と、俺は要さんの手を強く握った。
「やめて。」
要さんの声は、もう隠しようがないくらい、涙の気配で掠れていた。
「全部嘘だよ。俺は君のこと騙してただけ。」
俺の手の中から、薄いふたつの掌が引っこ抜かれる。俺はそれを力ずくで阻止した。
「泣きそうな声でそんなこと言わないで下さい。」
「嘘泣きだよ。」
「まさか。」
「また騙されるよ。」
「いいですよ。これが嘘泣きなんだとしたら、騙されたっていいです。」
お互い感情むき出しの言い争いの後、ようやく要さんの視線がこちらに寄越される。切れ長の二つの目は、本人いわく嘘泣きの涙で、縁まで一杯に満たされていた。
この涙が嘘なら、騙されたっていい。
押し付けるような口づけは、拒まれなかった。肩を押してソファの上で覆いかぶさっても、彼は抵抗しなかった。
俺がきみのことを好きだっていうのと同じ意味で、きみは俺のことを好きにはならない。
要さんの言葉は、俺と要さんが肌を縒りあうソファの周りを漂い続けていた。ずっと、ぐるぐると、呪いの言葉みたいに。
俺がその言葉に返事をしなかったから。要さんからの好意を失いたくない一心で、その言葉から逃げたから。
銀の糸みたいな嘘泣きの涙は、一晩中細く細く流れ続けていた。
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