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梓ちゃんは、俺を連れて帰ることを要さんに言っていなかったらしい。
ただいまー、と小奇麗なマンションの一室に入って行った梓ちゃんと、ちょっと遅れて、おじゃましまーす、となんとなく足音を潜めてついて行った俺。
要さんは短い廊下を抜けた先のリビングのソファに腹這いになり、雑誌のページを捲っていた。そして俺の存在に気が付くと、え、待って、なんで!?と、分かりやすく動揺して、弾かれるように身を起こした。
この人はこんなに自分の内面を分かりやすく晒す人だっただろうか、と、一瞬疑問に思う。多分、これまでは俺に余裕がなさ過ぎたのかもしれない。それか、プライベートな空間にいるからか、梓ちゃんがいるからか。
「サプラーイズ。」
口調だけおどけた梓ちゃんは、リビングの奥にあるドアを開け、その奥にさっさっと消えて行った。呼びとめる暇さえない素早い身のこなしだった。
置き去りにされた俺と要さんは、居心地の悪い空気のままなんとなく見つめ合った。
「え、なんか、ごめん。梓が無理言った?」
「……いや。」
「座って。お茶でも出すから。」
「いや、いいです。」
「……怒ってる?」
そうじゃない。緊張している。
ソファから立ち上がり、俺の隣まで数歩の距離を詰めた要さんは、確かに以前あったときより痩せていた。頬が幾分削げているし、もともと華奢な肩や腰もさらに薄くなったように見える。
その様子を見ていると、梓ちゃんが言っていた、恋煩い、と言う単語が妙にリアルに俺に迫ってきた。
この人は、痩せるくらいに俺が好きなのだろうか。
要さんを促して再びソファに座らせた俺の動作は、明らかにぎこちなかったと思う。
「梓、学校まで行ったんでしょ? 今朝、夏来くんの大学訊かれて教えちゃった。まさかこんなことするとは思わなくて。ごめんね。」
「いえ、いいんです。」
それはいい。いいんだけれど、この人は痩せた上に顔色も悪くなっている気がする。もともと色の白い人ではあったけれど、白い肌の上に薄い青色を吹き付けたような、ちょっと不安になるような顔色をしている。
「……具合、よくないんですか。」
舌先で言葉を弄ぶような、あやふやな物言いになった。
恋煩いなんですか、なんて、訊けるはずもなくて。
要さんは困ったように眉を寄せて、そんなことないよ、と言った。
その言葉が嘘であることを、全身で表してしまっている自覚がないのだろうか。これでは梓ちゃんが不安になるはずだ、と納得しながら、俺は必死に次の言葉を探す。
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