ロリータコンプレックス
「初恋なのよ。ものも食べないの。死んじゃうわ。」
俺の目の前でマックシェイクをずるずる啜りながら、梓ちゃんはそんな大げさな物言いをした。俺は戸惑いながら、バカみたいに前歯でポテトを齧る。
「本当なのよ。要に死なれたら、私、困るの。」
旺盛な食欲でチーズバーガーを平らげながら、彼女は力強く何度も頷く。俺は何となく迫力に負けてしまい、なにに申し訳ないと思っているのか分かりもしないのに。ごめんなさい、と呟いていた。
俺が要さんから逃げ出して2月ばかりが経った、真夏の夕方だった。エアコンの効いた店内にいるのに、それでもまだ体がだるい気がした。周りの客たちも、なんとなくみんな姿勢が悪く、半分溶けたみたいに見える。
そんな景色の中で、梓ちゃんはみずみずしかった。肌の隅々まで透明な水がいきわたっている感じがした。そのみずみずしい女の子が、むしゃむしゃとファストフードを片付けながら、強気な口調で繰りだすセリフには、圧倒されるような迫力があった。
でも、と、俺は辛うじて彼女に反論する。
「でも、俺と要さんはなにがあったわけでもないんだよ。二回会っただけだ。」
もちろん、みずみずしい彼女の迫力に、半分どころかほとんど身体が溶け切ったような俺の反論など刺さりはしない。マックシェイクと一緒に勢いよく飲み込まれてしまう。
「なにもないって、まさか本当になにもないわけじゃないでしょう。」
彼女は平然としていたが、俺の方がぎょっとして慌てた。
俺と要さんの間にあったことを、この制服姿の女の子はどこまで知っているのだろうか。
「本当になにもないなら、要と会えるでしょ。会ってあげてよ。」
彼女は幾分早口にそう言って、ナゲットを口に詰め込む。細い身体のどこにそんなに食べ物が入って行くのか不思議だった。
確かに、本当になにもなかったわけではない。俺は要さんと寝たし、セックスで触れあった体の表面よりももっと深いところで、俺の異常を要さんに理解されることを怖れた。理解してほしくて縋った相手なのに。
でもそれを、こんな嘘みたいに明るく涼しいマクドナルドの店内で、制服の赤いリボンがよく似あう女の子に説明するわけにもいかない。
暗く蒸し暑いどこか不謹慎な場所で、この世のどんな服も似合わないような女を相手にならば、俺はしがみついて全てを話したかもしれないけれど。
「……梓ちゃんは、要さんがよっぽど好きなんだね。」
だから俺はぎこちなく話の流れを変えようとし、梓ちゃんは俺の顔をちらりと見て肩をすくめた。
俺の逃げ腰など百も承知みたいな、その上で話に乗ってくれているみたいな、ひどく大人びた顔をしていた。
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