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そうだよ、とか、覚えてないの、とか、要さんはそういう俺をさらに追い詰めるような言葉は口にしなかった。

 黙ってコーヒーを飲み干して立ち上がると、出ようか、と俺の手を引いた。小さな子どもにするみたいに。

 出て、どこに行くんだろうと思った。まだ、この人と離れたくなかった。

 一週間前の夜のことを思い出す。

 たまたま廊下ですれ違った兄貴が、俺の首の後ろを掴んだ。片手で、がっしりと握りつぶすみたいに。

 普段兄貴とすれ違う時は、お互いの存在なんて目に入っていないようなふりをするのが倣いだったから、かなり驚いたし相当動揺した。

 要だろう、と兄貴は行った。

 俺は咄嗟になにも言えず、兄貴に引きずられてヤリ部屋みたいな部屋のベッドに放り捨てられた。もう、体格でも腕力でも勝っているはずの兄貴に。

 ここ噛むの、要の癖なんだよな、と兄貴は言った。どんな表情や声色だったかは覚えていない。記憶するような余裕がなかった。

 俺は、違う、と嘘をついた。何年かぶりの兄弟の会話だった。そこからは、思い出したくもない。三年前の再現みたいな強姦だ。なんでだか抵抗ができなかった。もう俺は三年前の線が細い小柄な高校生ではないのに。

「出たくない。」

 俺は要さんの手を上から掴んで、ガキみたいなわがままを言った。

「出て、二人になれるとこに行こう。」

 要さんはそれに腹を立てたり呆れたりすることもなく、静かに俺の肩を撫でてくれた。

「いやだ。」

 俺はがむしゃらに要さんの手を振り払った。俺より二回り身体の小さい要さんは、よろけて隣のテーブルにぶつかった。

 それを申しわけないと思ったのは一瞬で、すぐにそんな言葉がかき消されるようなパニックが頭の中に降ってくる。

 なにもかも見透かされてるみたいで怖かった。俺が狂ってることも、その狂い方も、兄貴に三年ぶりに抱かれて心か身体のどこか奥の方が喜んでることも。

 汚いと思った。

 耐えられないくらい、自分の全身が汚いと思った。

 だから、もうこの人の側にはいられないと思うと、パニックになった。だって俺は、この人からまだ離れたくないのに。

「大丈夫だよ。」

 要さんは体勢を立て直し、両腕で俺の頭をそっと抱いた。周りの視線なんて気にした風もなく、平然と。

「大丈夫。俺だっていかれてる。」

 自分の汚さが要さんに滲んでしまう気がした。要さんはいかれてるなんて言いながらもこんなにきれいな人なのに、この汚さを伝染させていいはずがない。

 いやだ、と俺は辛うじて呻いた。そして、要さんを振り切ってコーヒーハウスから駆け出した。

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