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すると要さんはコーヒーカップを静かにテーブルに置き、妬いた? と俺の顔を下から覗き込んだ。
「妬くって、なにに。」
俺はそっけなく言いかえした。多分、上手くできていたと思う。
動揺していた。兄貴の本命に、そんな色事めいたセリフを投げかけられることに。
別にー、と、要さんはつまらなそうに俺から目を逸らす。陽の光の下で見れば、普通にきれいなだけの人。その白い頬が、大きな窓から射しこむ西日で白蛇の腹みたいに光っている。
「今日はなにを俺に話したくて呼び出したの? また、きみが狂ってるかどうか?」
「……その一環ではあるんですけど。」
「なに?」
「ばれたんですよ、兄貴に。」
「なにが?」
反射みたいに問い返した要さんは、けれどほんの数秒で自力で答えにたどり着いた。
「ああ、俺とヤったこと?」
一応語尾を上げてはいるが、それは問いかけではなかった。ただの、無意味な確認作業だった。
「鼻がいいのかなぁ、実秋は。」
「要の癖だって言ってました。首の後ろ噛むの。」
「あー、ごめん。痛かった?」
「痛くはないですけど、ばれました。」
「そう。それで、外出禁止にでもされてたの?」
「……またヤられました。」
「あー、ごめん、でも、あんた実秋よりでかいしがたいもいいよね?」
「はい。でも、無理なときもあります。」
「無理なとき、ねぇ。」
「俺、狂ってますかね。」
「どっちかって言うと、実秋でしょ、狂ってるのは。」
「そうですかね。」
「そりゃそうでしょ。」
そんなに不安? と、要さんは俺の目をじっと見た。明るい昼間に見ているのに、その目の中になまめかしい影が見えた気がしてびくりとする。俺はどことなく、暗い室内で見たときのこの人が怖い。
「不安?」
問い返せば、彼はわずかに眉を寄せ、俺の中のなにかを悼むみたいな切実な目をした。
「実秋と寝てからでしょう、自分が狂ってるかどうかがこんなに気になりだしたのって。」
要さんが悼んだ、俺の中のなにかがいきなり膨張して喉を塞ぐ。
泣いてしまうかと思った。
「……なんで、そう思うんですか?」
俺はそれを認めたくなくて、子どもの強がりみたいにぐっと両目に力を入れる。
要さんはそれを宥めるみたいに、切実だった両目の力をふわっと抜く。
「さっき、またヤられましたって言ったよね。俺、きみが実秋にヤられてたこと、知らなかった。きみは、頭の中では何回も俺に、そのことについて話していたんじゃないの。」
そうだっけ、と、勝手に言葉が唇から零れた。うんとちいさなこどもの独り言みたいに。
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