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バカバカしい思い付きだ。

 頭の上らへんに投げ出していたスマホを掴み、溜まっていたラインをいくつか返信してみる。

 それでも不安は軽減されなかった。この電波の先に、俺と同じ形をした人間がいるなんて、ちょっと信じられない気分だった。

 例えばこのノートを借りている友達。写し終ったから月曜返すわ、とたった今ラインしたばかりのこいつが、この電波が伝わって行く先で、俺と会っているときと同じ顔と体をして、息をして歩いて食って暮らしているところなんて、全くもって想像できなかった。

薄っぺらくてぐにゃぐにゃした、ちょうど子供向けのテレビ番組なんかに出てくる、テレポーテーションされる場面のアニメーションみたいな、そんな存在しか俺は、スマホの電波の行く先に思い浮かべられなかった。

 俺以外にこの世に生きている人間がいると確かめる方法は、ちゃんとある。

 隣の部屋を覗けばいいのだ。そこには兄貴がいるのだから。

 けれど、俺にはそれができない。強姦されることも、されないことも受け入れられなかった。

 俺は狂っているのかもしれない。それともこの世の中の人はみんな、表に出ているときはまともみたいなふりをしているだけで、自分の家に入ればこれくらい狂っているものなのだろうか。

 訊きたいと思った。誰でもいいから。あんた、一人で家にいる時もまともなの? と。

思い出すのは、数時間前に駅で別れた要さんの顔だった、

 彼は、よその家でも普通に狂っていた。当たり前みたいに手錠で繋がれて、自分で外せるはずのそれを外すそぶりも見せなかった。

 訊かないの、と彼は言った。

 俺が実秋のなんだか訊かないの、と。

 そんなことはどうでもいいから、俺が異常なのか、それともそうでもないのか訊いておけばよかった。

 ねえ、例えば俺が、俺を強姦した兄貴を心底恨んでいて、ぶっ殺してやりたいと思っていて、それができるようになる頃には犯されなくなったことを心底悔しいと思っているとするでしょう。それなのに、多分俺はまた兄貴に抱かれたいと思っている。ほとんど話したこともない、同じ家に住んではいるけど単なる同居人くらいの感覚しかない男に、また。

 この身体になったことが、だから俺は悔しい。

 そんな俺は狂っているのか、訊いておけばよかった。彼ならば、それくらい突拍子もないことを訊いても、あっさり答えてくれるような気がした。

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