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「兄貴、置いて来てよかったんですか。」

「いいんだよ。実秋もそれ期待してるとこあると思うし。」

「……なんで。」

「なんでだろうね。こんなこと実秋の弟に言うのもあれだけど、そういうやつなんだよ、実秋って。」

「……そういうって?」

 踏み込みすぎたかな、と思ったが、要さんは一瞬だけ言葉を選ぶようなそぶりを見せた後、はっきりと返事をしてくれた。

「欲しがってたものが手に入りそうになるとビビるタイプ。昔からだったりしない?         うーん、例えばだけど、ほしがってた玩具を買ってもらえそうになったら、やっぱりいらないって言い出したり、行きたがってた場所に連れてってもらえそうになったら、やっぱり行かないって言い出したり。」

 的を射た台詞だった。昔から兄貴にはその性質があった。玩具もそう、遊園地や動物園もそう。そしてなにより、父親。新しい父親ができそうになるたびに、兄貴は母親に反抗した。かなり俺たちとの仲がうまくいっている父親候補の場合に、その反抗は程度を増した。

 一度大きなものをなくしているので、なにか大事なものを手に入れてから、それを失うのが怖いのだ。その分では、物心のつかない内に父親がいなくなっていた俺の方が傷は浅いのかもしれない。

「……そうかもしれないです。」

 ふふ、と、要さんは薄い唇できれいに笑った。

「昼、食べた?」

 唐突な質問に、ちょっと驚く。

「……いいえ。」

「駅の側にラーメン屋あるよね。行きしなに看板見えた。送ってもらったお礼に奢るよ。」

「いや、いいです別に。」

「ラーメン嫌い?」

「そんなやつこの世にいるんですか?」

「じゃあやっぱり奢るよ。」

 あ、あれあれ、と、要さんは駅のすぐ側のラーメン屋に入って行く。

 俺はしばらくためらってから、結局要さんの後を追った。ラーメンは好きだし、腹が減っていた。それに、要さんは悪い人ではなさそうだった。少なくとも、明るい野外では。

 半端な時間だったので、カウンターだけの店内に他の客はいなかった。俺と要さんはそれぞれ、味噌ラーメンとチャーシュー麺を頼んだ。要さんはチャーシュー麺を大盛りにしていた。見た目だけで言うと果物とか花の蜜とか食ってそうなのに、なんとなく意外だった。

 客がいなかったので、ラーメンは注文後すぐにきた。

 俺と要さんは黙って黙々とラーメンを食った。存在は知っていたけど、入ったことはない店だった。味噌ラーメンは、味噌の味が濃くて美味しかった。

 ラーメンを食い終わった俺と要さんは、駅の改札を抜けたところで別れた。俺は大学の側に住む友達の家に行こうとしていた。要さんが乗る電車は反対方面だった。

「じゃあね。」

と、要さんは俺に手を振った。

「ごちそうさまです。」

と、俺は要さんに頭を下げた。


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