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俺がはじめて兄貴の本命と遭遇したのは、俺が19歳、兄貴が24歳の春だった。兄貴の本命は兄貴の大学時代の同級生なので、そのとき多分24歳だったはずだ。
桜がすっかり散らされた、風の強い土曜日だった。
最悪なことに、土曜の昼に一コマだけ必修の授業が入っていた俺は、学校まで行ったはいいものの、その授業が休校になっていることを講義室の黒板を見て知った。
ふてくされて家に帰り、どしどし足音を立てて二階に上がり、兄貴の部屋の前を通り過ぎようとしたところ、ドアが半分開いていた。
この手のニアミスで兄貴のセフレと遭遇したことは数知れない。兄貴の最初のセフレとすれ違ったときみたいに、微妙な空気になる。それが嫌で、俺は足早にドアの前を通り過ぎようとした。自室に教科書を詰めたリュックだけ置いて、また外に出るつもりだった。兄貴の部屋から聞こえてくる物音を、気にしたくもないのに気にしながら、土曜の午後を過ごしたくはない。
すると、ドアの中から声をかけられた。ねえ、と、気軽に俺を呼ぶその声は兄貴ではない男のものだった。
「ねえ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、入って来てくれない?」
俺はちょっと迷った。俺を強姦した兄貴だ。もしかしたらこの男も兄貴のセフレかもしれない。関わると面倒なことになりそうだ。
けれど、部屋の中から俺を呼ぶ声は、妙に爽やかでセフレなんて言う文字が到底似合わない、三ツ矢サイダーみたいな雰囲気だった。
俺は半分開いたドアから恐るおそる兄貴の部屋に入った。
最後に入ったのはもう何年前だろう、といった感じの兄貴の部屋は、とにかく物が少ない。作り付けのクローゼットのほかは、窓際にでかめのベッドがあるだけ。もうなんというか、ヤリ部屋にしか見えない。
まぁ、母親が家にろくすっぽ帰って来なくなったこの数年は、まったくもってそれが事実なんだけど。
そのベッドの上に、三ツ矢サイダーみたいな声の男の人が座っていた。パイプベッドの頭部分に寄りかかるみたいにして軽く膝を曲げた、妙にリラックスした姿勢で。
そして、白い無地のシャツに包まれた彼の右手首は銀色の手錠でベッドの脚と連結させられていた。
「え?!」
驚く俺に、その人は不自由そうに右手をベッドから垂らしたまま、ふわりと笑いかけた。
一目でこの人が兄貴の本命だと分かった。
長めの黒い髪、華奢でやや小柄な体系、白い肌、男性。
兄貴がこれまでの数年間かき集め続けていた符号の集大成みたいな人だった。
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