兄貴の本命

美里

テレポーテーション

くそヤリチンの弟として育った。

 いつまでも夕日の落ちない夜だった。7時近くなっても、空の端っこにふるふる震える杏子ゼリーみたいな夕日が引っかかっていた。

 俺は兄貴のセフレがやって来ていることなど知らずに、友達の家で子どもらしく元気よく遊んで帰って来たところだった。

 短めスカートのセーラー服と、肩にかかるさらさらの髪。

今ではもうそれくらいの特徴しか覚えていない。階段ですれ違ったとき、咄嗟に目を逸らしたからだ。

その女もなんとなく気まずそうにしていた。家に誰もいないから、と言われてついて来てみたら、俺がいたのだろう。お互い間抜けだ。

 二人目はその二か月後くらい。三人目が翌週で、四人目からはもう覚えていない。初めの女みたいに俺を無視するやつもいたし、やたらと愛想のいい女もいた。けれど俺はそのどれとも口を利かないことにしていた。入れ替わりが激しすぎて、口を利いて情が移ったら寂しくなりそうな気がしたのだ。

 俺がもっと子供だった頃、母親の恋人と何人か会わされた。情が移って仲良くなった頃合いで、次の男が来ることもあった。多分、その後遺症だ。

 兄貴の趣味ははじめはなんの一貫性もなく、髪が長いのも短いのもいたし、色が黒いのも白いのも、背が高いのも低いのもいた。

それが急に統一されたのは、俺が14、兄貴が19の頃。連れてくる女が急に全員、短めの黒髪に長身、色白に統一された。俺はしばらくの間、その女たちの見分けがつかず、兄貴にもようやく本命の女ができたのかと思っていたくらいだ。

 そして俺が兄貴に強姦されたのが、俺が17、兄貴が22の冬。寝込みを襲われた上に、まことに悔しいことだが俺が兄貴より身長が10センチ近く低いうえに体重も少なかった。死に物狂いで抵抗しても腕力では敵わなかった。

 あのときのことはあまり思い出したくない。とにかく、痛いとか怖いとかいうよりもただただ屈辱的だった。

やるだけやってぷいと部屋を出て行った兄貴の背中を呆然と見送りながら、俺はようやく気が付いた。

 兄貴は俺を見てはいなかった。俺の肉を通して他の誰かを見ていた。

だからつまり、兄貴の本命は、長めの黒髪にやや小柄、色白の男性なんだと。

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