第03話 『Twin』
5限目の授業である体育は無事終了し、今日の授業に6限目はない。
この後はホームルームを経て、学生たちの主戦場とも言える「放課後タイム」が開始されるというわけだ。
さすが「お金持ち学校」と言われるだけあって更衣室にはシャワー設備も完備しており、女生徒たちは運動でかいた汗を綺麗に洗い流してすっきりしている。
今どきの女子高生ともなればそれで済むわけもなく、来る放課後へ向けてボディケアも含めた
男どもの更衣室も昨今はかなり様変わりをしているとはいえ、今この空間に漂っているような大人な空気にはまだまだほど遠い。
同世代に限定するのであれば、いつだって女の子の方が男の子よりも大人なのだ。
「リン~?」
「なにー?」
そんな中で化粧の最後の仕上げに余念がない女生徒が、髪を乾かしている凛に鏡を見ながらゆるい感じで話しかける。
ほぼほぼ仕上がっていたのでドライヤーを止め、カバンの中から
「やっぱ匡臣クンが好きなの?」
吹いた。
うわきちゃね、などといいつつ引く友人にはまあ尤もだとは思うものの、誰のせいだと言いたくなるリンである。
というか凛と静以外の女生徒たちは、すでに磐座匡臣を「匡臣クン」呼びをしているところが人気者過ぎて空恐ろしい。
「ど、どして?」
「だってリンがらしくなくそうやってキョドるからさ~。いつもなら素で「ぜんぜん?」っていうじゃん」
だがせき込みながらもなんとか確認したことに対する答えは、凜本人であってもなかなか反論しづらい内容である。
事実、磐座匡臣に興味を持っているのは確かだし、彼に出逢うまで生まれてこの方なったことの無い状況に陥ることがあるのは否定できない。
「ぬ」
だがそれは極稀に発生するだけであり、そのためそれが「好き」だとは自分自身ですら断定できていない状況というのが正直なところなのだ。
あの見られただけで、声を聴いただけで耳まで熱くなる状況が常なのであれば、これは疑いなく「好き」だと断定できるのだ。
だが、哀しいかなほんの一瞬を除けば授業前に自ら話しかけたように、ほとんどの場合、他の男の子たちと同じでなんとも思わない。
だからこそ妙なリアクションになってしまったのである。
「ぬじゃないわよ。でもホントにそうなら
凜はバカではないので、その
学業の成績や薙刀術での実績に加えてその容姿もさることながら、九条グループの御令嬢という肩書はやはり大きい。
――だけど、まさかその九条静も
そう、相沢凜と九条静はある意味、同一人物なのである。
もちろん入れ替わりだとか、変装しているという意味ではない。
別人として存在している二人の女性の身体、その精神が一つという意味だ。
2人は言葉にするといきなり陳腐だが、俗にいう『超能力者』である。
いわゆる
そこまで強力ではなかったが、至近距離にいる相手がなにを考えているかは筒抜けレベルだったし、触れた相手に自分の意思を届けることも可能だった。
物心ついた頃にそのことを周囲の人間には話して、そういう相手に対して他人がどう思うのかを
初めは苦笑いしながら変な子という程度だが、こっちがむきになって考えていることを当てたりすればものすごい恐怖と、異物に対する嫌悪と排斥の感情を叩きつけられる。
だからこそ相沢凜も九条静も、己のその特性を家族にすら秘匿して生きるということを、物心ついた瞬間から堅持できたのだ。
自分は異物であり、「普通」の人たちにはそれを隠さなければならない。
心を読めたからといって、自分以外全てである「普通」の人たちの悪意から身を護るためには気休めにもならないのだから。
おそらくそのまま育てば、かなり病んでしまっていただろう。
身体の成長と共に実は能力も向上しているし、聞きたくもない周囲の内心を聞きすぎて壊れてしまっていたかもしれない。
だが
偶然に同じ力を持った二人が出会い、先生の言うがままに手を繋いだら融合してしまったのだ。
互いに自分の思考を相手に伝えあい、その結果の思考を読めてしまう。
双方向にその力が特化した結果、まだ幼かった二人の自我は完全に同一化してしまったのだ。
怪我の功名というべきか、その双方向通信に精神感応能力は特化され、他者の思考を読むことも、触れた他人へ自分の思考を流し込んでしまうこともなくなった。
『
それからずっとその状態で育ってきているので、今更元に戻ると言われてもそれがどういうことか正直ピンとこない。
凜と静はそれが異常である事は充分に理解しながらも、二人で一人であることがすでに当然となってしまっているのだ。
というか元々自分たちは異常――異物だったのだ。
元に戻って不特定多数の思考を強制的に聞かされるよりも、今の方がずっとましだとも思っている。
凜と静のハイスペックは、一つの意思が二つのもともと優秀だった頭脳を並立駆動させることによって成立しているのだ。
勉学における有利さは言うまでもなく、体の制御においても一方が休止状態であればその個体が可能な上限近くを引っ張り出すことも可能。
同時に動かしていれば優秀な程度に収まるが、1体に集中すればそれこそトップアスリート並みの能力を発揮することができるのだ。
便利なのでこれまで深く考えて来なかったが、ここへきて大問題が発生している。
気になる男子ができたのだ。
もちろんその相手は、自分とはまた違う異能者である『
自分はいわゆるズルをしてこの高スペックを維持しているのに、正真正銘ただの個人で『文武両道』を、それも自分たちよりも高度に完成させているがゆえにどうしても気になったのだ。
そこから「好きになる」にはそう時間はかからなかった。
なにしろ凜にしても静にしても、多感な高校一年生の女の子である事は確かなのだ。
気になった男性を常に目で追っていて、その相手が自分でも「敵わない」と思えるほどのすごい子だったらそりゃ好きにもなるだろう。
だがなにかが変なのだ。
相沢凜から見たらどきどきする時の磐座匡臣を、九条静から見てもまったくそうならない。
九条静から見たら走って逃げたくなるほど動揺してしまう磐座匡臣に、相沢凜は平気で話しかけることが出来る。
なぜそうなるのかが、凛と静にもわからない。
とはいえそうなる対象が同一人物であることは救いなのかもしれない。
もしも身体によって別々の男の子に反応するようになってしまっていたら、それをきっかけに元々の二人に戻ってしまうかもしれないからだ。
もしそうならなかったとしたら、誰にも非難されないとはいえ本人にとっては相当質の悪い二股であるとも言える。
つまりきっかけはなぜかどきどきすることではあったとはいえ、今相沢凜かつ九条静としては、もしかしたら二度と現れない二人が同時に好きになれる「王子様」が磐座匡臣なのかもしれないと思い、どうアプローチを掛けるべきか思案中なのである。
冗談ではなく今の自分にとって、またあの他人の思考が勝手に流れ込んでくる常態に戻ることはなにより避けたい事態なのだから。
「それ以前に、そもそもその磐座君が難攻不落っぽくない?」
双方の身体を使って軽くジャブを入れているつもりだが、本人としてはまったく手応えを感じることができていないのだ。
さっきの昼休みにしたって、話しかけた凜は挙動不審に陥らされたし、見つめていた静は微笑みかけられただけで真っ赤になって退散させられたのだ。
どうして大部分では平気なのに、ピンポイントで簡単に心拍数を跳ね上げられてしまうのかがどうしても理解できない。
いくら自分が『
ある意味子供の頃の能力を持ったままであれば、一瞬で磐座匡臣、匡賢の秘密を理解することも出来たのだろうが。
だがそうなる仕組みは、実は単純なのだ。
相沢凜が好きになったのは
それがころころと入れ替わっている以上、ドキドキするしないが発生するのは当然と言えるだろう。
基本的にほとんどの時間は匡臣が表に出ているので、九条静の方が近寄りにくくなっているのが現状なのである。
「難攻不落の通り名を持つリンがそれをいうか」
「やー、つっても匡臣クン、リンにはけっこう男の子っぽい反応してるよ~?」
「ホント!?」
呆れながらの友人たちからの情報に、自分でもちょっとびっくりするくらい食いついてしまった凜である。
自分としてはまったくそういう自覚はなかったので、純粋に驚いているのだ。
「気付かないもんかなー。リンくらいモテてると、そういうセンサーって死ぬの?」
「死んでません」
「死んでるじゃん。さっきだってダンスの技教えてもらうとかさー」
「アピールじゃんねー」
「そのわりには話しかけても塩対応だったんですケド」
女生徒たちが「きゃー」とか言って盛り上がっているのはまあ納得も行くのだ。
わざわざみんなの前でダンスを習ってくれているのは、
だからこそいつあのドキドキモードに変わるのかはわからなくても、勇気を出して話しかけてみたのである。
「そこはテレもあるんじゃない?」
「そうかな~」
だが結果はあの体たらくである。
自分としては一方的にキョドらされただけで、その際の相手はホントにも―、憎たらしいくらいに落ち着いていたようにしか見えない。
「でも正臣クン、九条さんの視線にも敏感なんだよね。見られてるとキョドるというか……まああんな正統派美少女にじっと見つめられてたら男の子なら誰でもそうなるのかな?」
「マジ!?」
「なんでリンが驚いてんのよ?」
「え、えーと……」
そしてその評価は、九条静側での奥ゆかしいアプロ―チでも同じだったので、友人たちのその評価が意外だったのだ。
当の本人は双方とも歯牙にもかけられず、本気でモテる殿方には『難攻不落のギャル』だの『真の高嶺の花』だの言われていようが、軽くあしらわれるものなのだとちょっと落ち込んだりもしていたのだ。
やはり温室で実戦経験もないままにぬくぬくと育ってきたお嬢様では、中学まで外部の厳しい戦場で百戦を錬磨してきた本物の「モテる男」には通じないのだと。
事実、編入してからあっさり温室育ちの女生徒たちだけではなく、同姓である男子生徒の中でも人気者になっているので、過大評価しがちなのもあるだろう。
本人が聞けば膝から崩れ落ちるかもしれない。
「でも匡臣クンがそういう反応みせるのって、一瞬だけだよね」
「うん、瞬間で素になるもんね」
「まあ、あの匡臣クンを一瞬でも赤面させられるのは羨ましいけどねー」
客観視している女生徒たちから見てもそうなのだ。
凛と静からのアプローチに対して毅然と対応できる方へバトンタッチされている本人としては、ホント―にもー塩対応にしか思えない。
だが客観的な情報がそうであるのならば、まだ動きようもある。
「でもさ。リンや九条さんの方から動いたら、行けそうじゃない?」
そうなのだ。
可能性があるのであれば、動くべきだと正直思う。
「リンはともかく、九条さんは自分からは動かないでしょ?」
「私はともかくってなに?」
「リンはほら、動いていないだけで根が肉食獣っぽいからさ。動いたときには確実に獲物をしとめるとゆーか、そんな感じ。でも九条さんは本物のお嬢様じゃん?」
「私は偽物なの?」
「それをゆうなら、あたしら全員偽物じゃない?」
「それな」
すましていれば美少女集団で通じそうな凜とその友達たちなのだが、話している内容は結構頭が悪そうに聞こえる。
どんな生まれ育ちであろうが、だれしも恋バナというのは知能指数が下がるものらしい。
「まあ家のこともあるし、九条さんからってのはないか……」
「だからリン、先手必勝だよ!」
「戦かな?」
「恋は戦争だよ! ミクちゃんもそう歌ってる」
――お歳はいくつかな?
ともかく無責任に煽ってくれるのは良いのだが、同じ自分である九条静を出し抜いても意味はない。
それが他の女の子が相手というのであれば、「先手必勝」はある意味真理ではあるのだが。
どれだけ高スペックを誇っていても、どれだけそれまでに絆を深めていても、先手必勝の「I LOVE YOU」をひっくり返せなかった猫な委員長も過去にはいたらしいし。
「……否定はしないんだ?」
「ぐぬ……」
まあここまで来たら否定する方が不自然だろう。
常にではないとはいえ、ドキドキさせられる相手なのは確かであり、それを凜も静も共有できている以上はなんとかして「お付き合い」に持っていきたいという気持ちは強い。
もしも彼を逃せば、将来最も避けたい「元に戻ってしまう」可能性や、誰に非難されることはなくとも自分としては二股としか思えない状況になるのはなんとしても避けたいのである。
「でもさー、あんな少女漫画のヒーローみたいな人には、リンの
「んで地味なアンタを「おもしれ―女」とか言ってくれるって?」
「地味ってゆーな!」
「まあわかるけどねー。もはや扱いが芸能人とか二次元の推しの域だよね」
「リンが読モの時に連れて行ったら
「ホントに手の届かない人にはなって欲しくないなー。リンも読モからステップアップして行っちゃったりしないでね」
「そっちよりは磐座君の方が興味あるかなー」
友人たちの言うとおり、磐座匡臣と彼氏彼女になるのは相当に難易度が高いのは確かだ。
とはいえもたもたしていたら、他の誰かに掻っ攫われる可能性も高い。
なにしろ言い方は悪いが、めちゃくちゃ優良物件である事は友人たちの評価を聞くまでもなく明らかなのだから。
「うわ認めた!」
となればやはり行動を起こすべきなのだろう。
いつまでもあっさりあしらわれている場合でもない。
まずは好きなら好きと伝えなければ、なにも始まらないのだから。
「というかリンって九条さんと仲いいんだよね?」
「まね。私とクジョーさんがセットだったら、磐座君も落ちてくれるかな?」
世間様的には磐座匡臣が質の悪い二股男とみなされるだろうが、相沢凜と九条静にとってはある意味理想形はそれなのだ。
相手がそれを受け入れてくれるのであれば、「恋人」として本当のことを話すことも充分視野に入れての発言なのだが、下手をすれば「恋人」どころか「変人」認定を頂戴することになるかもしれない。
そのリスクを冒してでも、このチャンスを逃したくないと思っているのだ。
だが事情を知らない第三者が今の発言を聞けば、狂気の沙汰としか思えまい。
「凄い意見だけど、まあ戦闘力は跳ね上がるんじゃない? 「ハーレムの呼吸・第一の型『二股』!」とか言って。でもそれ九条さんに言うのはやめときなよ、あたしらと違って冗談通じなさそうだし」
「そっか、ちょっと相談してみる」
だが凜の耳に聞こえているのは「戦闘力が跳ね上がる」部分だけで、それ以降は聞き流している。
「人の話聞いて? てかマジ?」
「クジョーさーん!」
ちょっとヲタクが入っている友人が慌てているが、凜はもう一人の自分である静のところへトトトと走ってゆく。
どちらも自分なのだ、友人の心配は杞憂に過ぎない。
「うわマジだあの子」
「でもあの二人をセットでどうぞって言われて、断れる男の子はいないよね……」
「それな……」
呆れて凜の行動を見守ることしかできない友人たちだが、万が一そんなことが実現するのであればちょっと見てみたいなとも思うのだ。
幸いにして自分たちは同姓なので、あんな美女二人に侍られたら、自分たちではそりゃ勝てないよと納得することも出来るだろう。
だが同じクラスの男子生徒たちが、その光景を見てどんな表情を浮かべるのかを見てみたいと、わりとこの場にいる全員が思っているのだ。
女は怖いのである。
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