第5話 夢の箱

私は白い部屋に入る

「ここでVR空間を見られるのか」

一緒に入る男は、不思議そうに部屋を眺める

「ここで頭の中のイメージを見せます」

技術者は答えた


技術革新により美術の世界にVRを応用させようとした

芸術家の頭の中にあるイメージを、そのまま利用できれば

描く必要がない。


入室は3人で、妻の私と画商と技術者だ。

私はプライベートな問題の場合に、止める役割になる。

夫は、今はベットの上で脳波をとりながら

半覚醒の状態を保つ。


「はじめます」

部屋に響く声は、スピーカーから聞こえている筈だが

反響のためか、耳元で聞こえる

「なんか不気味だな」

画商が胡散臭そうに、つぶやいた。


部屋が薄暗くなり、何も見えない。

ブーンと部屋に機械音が鳴ると、瞬間的に明るくなる

目の前は海岸だ

「どこだ、ここは」

画商はキョロキョロと見まわす

海岸には枯れ木がある、枝には不思議な模様の布が

洗濯物のように干してある。


画商は「あれを拡大できるか」

技術者に頼むと、拡大して見せてくれる。

「これはダリの『記憶の固執』か」

どうやらシュールな絵画の世界が広がっているらしい。


曲がった時計や得体のしれない生物が広がる世界。

確かに芸術的だが、他人の絵のイメージは使えない。

画商は芸術家に刺激を与えることにする。

「新作を頼む」

マイクに向かって話すと、芸術家はイメージを想起する。


部屋の風景が変わる

そこは屋根裏のアトリエに見えた

少女が座っている

全裸でポーズをとる


画家がそれを見ながら描いている。画家は夫だ

「奥さんこれは問題ありませんか」

技術者がプライベートなイメージと判断をして

中止か続行を求めてきた


私は答えた

「いえ問題はありません」


夫は立ち上がると少女にポーズを変えさせる

ポーズが決まらないためか、争いが始まる

声は聞こえない、無声映画のようなシーンに見える

夫はゆっくりと少女を押し倒して乱暴をした。


VR空間が暗転して、もとの白い部屋に戻る。

まぶしい光で、目がよく見えない。

涙が出ていた。

技術者は、触れてはいけないと判断をして装置を止めたらしい。


画商が「今日は、ここまでですな」と

ばつが悪そうな雰囲気で、部屋を出た。


夫は新作のイメージから、不倫の現場を想起させたらしい。

起きると夢を忘れていた。


私はデータを要求して、証拠として残した。

アトリエに出入りするモデルをチェックすれば

本人を見つけ出せるだろう、写真を見せれば

白状するかもしれない、離婚の準備を始める。

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