第17話 お、お兄ちゃん…一緒に寝てくれる?

「ねえ、お兄ちゃん……もう寝たの?」


 玲が耳元で囁いでくる。

 落ち着いた口調であり、お兄ちゃん発言をしているのだ。

 なんか、普段と違いすぎて、逆に戸惑う。

 でも、そんな玲の声も心地よく感じた。


「まだ、寝てないけど?」

「そう……」

「どうした?」


 悠は今、自室のベッドで横になっていた。

 その右の方に、玲がいるのだ。


 今日色々ありすぎて、玲は一人で寝られないらしい。

 一緒に、同じベッドで休むことになったのだが、悠はどぎまぎしていた。

 緊張なんてしないと思っていたが、悲し気な口調でかつ、普段よりもおとなしい玲と寝ていると意識してしまう。


「ねえ、私、まだ寝れないの……」

「そうか。じゃあ、なんか、話でもするか?」


 悠は態勢を変え、右隣にいる玲を見やった。


「……」

「ど、どうした?」


 そこで横になっている玲は、ジーっと見つめてきているのだ。

 少々、涙目になっている。


「私、どうしたらいいのかわからないの……」


 玲はベッドのシーツを強く掴んでいた。


「そうか……明日学校に行ける?」

「んんッ」

「休むか?」

「でも、休んでもいいのかな?」

「いんじゃないか? 玲がそんなに思いつめるならさ。休みって手段もあるけど?」

「……」


 玲は迷っているようで、すぐに返答はしてくれない。

 自身の中で思い悩むことが多いのだろう。


「お兄ちゃんは、どうするの?」

「俺は学校に行くけどさ。場合によっては休むよ」

「休むの?」


 玲は目を大きく見開いた。


「だって、俺一人だけ学校に行くのも嫌だしさ。できる限り、玲と一緒にいたいし。困ってるなら、彼氏としてもう少し役に立ちたいんだ」

「そ、そう……」

「玲はどうしたい? 俺と一緒に休むか?」

「……休む」

「休む? それでいい?」

「うん……そもそも、お兄ちゃんのせいだし」


 玲は悠の服の袖を強く握って、軽く引っ張っている。


「え?」

「だから、こうなったのも、お兄ちゃんのせいでしょ、もうー……」

「あ、ああ。そうかもなって、そうだよな」

「だから、責任取って。明日は……私と一緒に、過ごしてよね」

「わかったよ」


 悠は承諾した。


 そもそも、すべての責任は自身にあり、妹のことを好きすぎたことが原因なのだ。

 その感情を抑えることができず、自分勝手なことをしてしまった。

 もう少し、玲に対する想いを何とか抑えるよう心掛けるしかないだろう。


「お兄ちゃん?」

「なんだ?」

「私ね、明日学校休みなら、遊園地とかに行ってみたい」

「おい、学校休んで、そこに行くのかよ」


 ちょっとばかし、呆れてしまった。


「だって、家で引きこもってるのも嫌だし。少し気分を変えたいの」

「……わかったよ。遊園地な」


 悠はため息交じりに言う。


「やったあ。私ね、だったら、色々なところを回って歩きたい」


 玲は色々と語り始める。

 まあ、妹が元気な顔を見せてくれるなら別にいいだろう。

 と、思う。


「遊園地に行くって考えるだけでも楽しいよね」

「まあ、そうだな」


 悠は玲の頭を軽く撫でながら言う。

 玲はくすぐったいようで、吐息交じりに軽く微笑んでくれた。


「お兄ちゃんは……遊園地で行きたい場所ってあるの?」

「どうかな? 随分行ってないしな。後で決めるよ」


 悠が最後に遊園地に行ったのは、多分……三年前の中学二年生くらいの時だ。

 夏休み中、玲と一緒に行った時のことを、ふと思い出す。


 あの頃は楽しかったと思う。

 何も面倒事がなく、普通に生活できていたからである。


 その頃からだ。

 妹が、悠に対して強い口調で話しかけてくるようになったのは。

 もしかしたら、その頃から、兄である悠に好意を抱いていたのかもしれない。

 気づいてあげられればと感じる。


 まあ、明日は休むと決めたのだ。

 余計に考えるのは、明日からでもいいだろう。

 遊園地に行くと決めた以上、玲のために色々なことをしてあげようと思った。






 一先ず、これでよかったのか?

 いや、良かったのだろう。

 余計に勘ぐることはしない方がいい。

 と、悠は心の中で思う。


 妹の玲が楽しんでくれれば――

 喜んでくれれば別になんだっていいと思っている。

 それくらい、妹のことが好きなのだ。


 もともと、玲のことを好きになったのは、中学二年生の頃。

 あの頃から、ゆっくりとだが忙しくなってきて、玲との一緒に遊んであげられなくなったような気がする。


 それは高校受験という話題が、中学二年生の夏休み明け頃から出始めていたからだ。

 悠は高校に入学するまで勉強ばかりで、玲と関わることが少なくなり、あまりコミュニケーションをとらなくなった。

 それが玲と心の距離を広げてしまう原因になっていたのだろう。


 悠はそこまで成績が悪くなく、そこまで勉強をしなくてもよかったのだが。誰にも負けたくないという思いが強く、地元で有名な高校に入学するために必死になっていたのだ。


 勉強ばかりの生活は苦しく、唯一の心の安らぎが妹の玲の姿を見ることだった。

 玲の言動はすべてが可愛らしく、疲れていた精神を一瞬で解消してくれる。

 そんな玲の姿を見ているうちに、妹としてではなく、一人の恋愛対象として見てしまうようになっていた。


 考えれば考えるほど、玲のことを意識してしまう。

 だから、玲からさらに距離をとってしまった、それが二つ目の原因かもしれない。


 悠は今、瞼を閉じ、スヤスヤと隣で寝ている妹の玲の顔を見やる。


 素直じゃないところもあるが、可愛げのある妹の髪を軽く触った後、悠は、玲の頬を等しさ指で優しく突くのだった。

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