第18話 お兄ちゃん…一緒に、行ってくれるよね?

「では、今日は休みますので……はい……では、よろしくお願いします」


 悠はスマホの電話画面をタップし、待ち受け画面に切り替えた。そして、リビングのテーブルに一旦スマホを置き、ソファに座っている妹を見る。


「玲。学校には連絡しておいたから。今日は俺も休むから」

「ありがと……お兄ちゃん。電話してくれて」


 本当に、玲はお兄ちゃん発言しかしなくなっていた。

 妹は緩く微笑んでくれる。


 今日、学校に行かなくてもいいと思うと、次第にパアァと明るくなっていくのだ。

 そんな妹の笑顔を見れただけでも安心できるというもの。

 悠はソファに向かい、玲の左隣に腰を下ろした。


「本当に……学校に行かなくてもいいだよね?」

「そうだよ」

「よかったぁ……」


 玲はまだ、信じていなかったようだが、本当に行かなくてもいいと。クラスメイトに合わなくてもいいと。ようやく受け入れたようで、妹の表情が柔らかくなるのだ。

 優しい笑みに、悠も胸を撫で下ろした。


「お、お兄ちゃん? 遊園地に行ってくれるんだよね?」


 休めるとわかると、さっそく玲は遊びの話をする。


「ああ。そのつもりだよ。俺はその約束は忘れてないしさ。玲のことであれば、なんでも協力するさ」


 悠は玲のか弱い手を両手で触る。


「まあ、心配するな。俺は、裏切らないからさ」

「お、お兄ちゃん……」


 女の子らしい表情をする。実の妹とは思えないほどの魅力的な表情に、悠は正直ドキッとしてしまい、視線をそらしてしまった。


「お、お兄ちゃん……?」

「な、なに?」


 悠は妹の顔を見る。

 瞳は潤んでいた。

 可愛らしい仕草に、抱きしめたくなるほどだ。


「き、キスして」

「……え?」

「聞こえなかったの……? だから、き、キス……」

「いや、今やるのか?」


 実の妹とキスしてみたい。

 以前から思っていたことだ。


 しかし、玲の方から口づけを迫られると、しようかどうか迷ってしまう。

 なんで、俺が距離を折ろうとしてんだよ。

 悠は自分にツッコみを入れてしまう。


「お兄ちゃん……?」


 玲は瞳を閉じる。


「いや、やめておくよ」


 玲は驚いたように、目を見開き、悠をまじまじと見つめてくるのだ。


「どうして? お兄ちゃん、あんなに、キスしたがっていたのに」

「そうだけどさ。なんか、玲の事を本当の意味で理解してあげられなかったんだ。だからさ、そんな俺が、玲とキスはできないから。キスはさ……もう少ししたらな」

「何それ……お兄ちゃんって、意気地なしなの?」

「違うから。俺なりの考えだよ。キスは後でな」

「ふーん、そう」


 玲は口元を抑えながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 これでは形勢逆転である。


「もういいよ、今は無しってことね」


 玲はソファから立ち上がる。


「お兄ちゃん、そろそろ行こッ、遊園地に」

「準備とかはいいのか?」

「今からだけど? まさか、パジャマのままでいかないし」

「だよな」

「はい、お兄ちゃんも早く着替えてきて。私も、着替えるから」

「あ、ああ。わかったよ」


 玲から手を引っ張られ、悠はソファから立ち上がるのだった。






 悠が自室で着替え終わり、階段を降りると、玄関には妹の姿があった。

 玲は白色のワンピース姿で待っていてくれていたのだ。


「その恰好で行くのか?」

「う、うん♡」

「遊園地だし、スカートじゃない服の方がいいと思うんだけど。それにさ、そんなに大層な遊園地でもないしさ」

「大層じゃないって。それ失礼じゃない。でも、お兄ちゃんのいう通り、そうかも。でもね……私からしたら思い出の場所だよ。だから……そういわないでほしかったかな」

「ごめん。変な言い方をしてしまって」


 悠は正直に謝罪した。


「いいよ。気にしないで。じゃ、行こ、お兄ちゃん」

「ああ」


 悠は靴を履く。

 すでに玲は玄関の扉を開けていた。

 一緒に外に出るなり、悠は自宅の鍵を閉めたのだ。

 振り返ると、玲は笑顔を見せ、手を差し伸べてくる。


「お、お兄ちゃん……て、手を繋ご」

「なんか、いつにもなく積極的だな」

「別にいいでしょ。今日は遊園地に行くんだから」


 悠は嬉しかった。

 そんな積極的な妹になったとしても、それでもいい。

 悠は玲の手を優しく握る。

 妹の想いが手の平に伝わってくるのだ。


 嬉しさや楽しさという心地よさを感じ、悠は妹と一緒に歩き始める。

 この時間にもっと浸りたいと思いつつ、遊園地のある隣町へと向かうのだった。






「うわあ、やったあー、遊園地」


 玲は今までにないほどに喜んでいる。

 数年ほど見れなかった、妹の本当の笑顔を見れたような気がした。

 多分、三年ぶりか。


「ねえ、お兄ちゃん? あっちの方に行こうよ」


 玲は遠くにある建物の方を指さす。

 今、周りにはそんなにお客がいない。

 平日ということもあり、いるとしても、小さな子供や母親とか、そういった感じの人ばかりである。


「あッ、ご、ごめんね……なんか、お兄ちゃんに馴れ馴れしい話し方をして」

「いいよ。俺も妹とは普通に話したいんだ。砕けた感じにさ。できれば、恋人のようにな」


 悠を隣に佇んでいる玲の頬を指先で軽く触ってあげた。

 小動物を愛でるようにだ。


「んんッ、は、恥ずかしいよ、お兄ちゃん……」

「ごめん……」


 悠は手を離そうとする。

 が、玲はその手を左手で抑えたのだ。


「お兄ちゃん、もっと私を愛してよ」

「いいのか? こんなところ、知り合いに見られたら、またなんか言われるぞ」

「大丈夫だよ、今日は平日だし」

「玲がいいのなら別に、いいけどさ」

「お兄ちゃんの手って、温かいね」


 妹は猫のように、悠の手を強く自身の頬に強く押し付けていた。


「もっと、こうしていたい」


 玲の愛らしい声。

 悠は玲のことが好きだが、もっと好きになりそうだった。

 妹と同じで、悠も、もっとこの時間を楽しみたかったのだ。


「そういえばさ、玲は行きたい場所に行かなくてもいいのか?」

「はッ、そ、そうだね……時間も無限にあるわけじゃないし、早く行動しないよね」


 今、現実に引き戻されたように、玲はハッとした顔を見せ、悠の手を両手で触りながら、ジーっと見つめてくる。

 何かを求めてくる顔だ。


「どうした?」

「もう、気づいてるでしょ。手を繋いで歩こうよ」

「ああ、わかってるよ」

「もう、気づいてて、そんなに私の事を焦らしてたのー」

「そうだよ」

「もう、お兄ちゃんのバカぁ……」


 玲は冗談っぽく、ディスってくる。

 妹との時間を大切にしたい。

 そう思えた。


「というか、さっき指さしていた場所って、あれか?」


 悠の視界に映る場所は、お化け屋敷である。


「そうだよ」

「いきなり、お化け屋敷かよ」

「いいじゃん。お兄ちゃんが私を守ってくれるんでしょ?」

「そうだけどさ。意味が違うけどな」

「えへへ」


 玲は子供っぽい笑みを見せてくれる。


「まあ、いいや、玲がそんなに行きたいなら、一緒に行こうか」


 玲と一緒にいられるだけでいい。

 たとえ、兄妹同士だったとしても、彼氏彼女の関係になってもいいのだと。

 そう思い、悠は玲のか弱い手を繋いで、遊園地内を歩みだすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る