第16話 だったらさ…こっそり、デートするようにしようか?
午後六時頃。
悠は街中を通り、遠回りしたことで、少し遅れて自宅に帰宅した。
すでに玄関には妹の靴がある。
家は比較的静かで、息苦しい雰囲気が漂っている感じだ。
靴を脱ぎ、一旦、リビングに入る。
そこにはソファに座り、膝を抱えて縮こまっている玲の姿があった。
悲し気なオーラを放っている妹。
学校にいる時から表情が暗かったが、家にいる今、玲はもっと淀んでいた。
悠は様子を伺いつつ、ゆっくりとした足取りで妹のところまで向かっていく。
「……大丈夫か?」
「……」
小声で話しかけるが、なんの反応も返ってこない。
ただ、ふくれっ面をして、つまらなそうにしている。
「なあ、どうしたんだ?」
「なんでもないし……」
玲は適当な返事しかしない。
「何か嫌なことでもあったのか?」
「……」
「やっぱりさ、なんかあったんだろ?」
「うるさいし……だ、黙っててよ……」
妹は素直に話してくれそうもない。
その様子だと、本当に嫌なことがあったのだろう。
一緒の空間にいるだけで、玲の気持ちが強く伝わってくるのだ。
「そんなこと言うなって。嫌なことがあったらさ、彼氏の俺が聞いてあげるよ」
「……キモ……最低」
妹は顔を膝に当て、顔すらも見せてくれなくなった。
「もしかして、俺と彼氏なのが嫌になったのか?」
「……そうだし……わかってんだったら、聞いてくるな」
「そんなこと言うなって。あのさ、街中のお店でケーキを買ってきたんだ。一緒に食べようよ」
「け、ケーキ……?」
玲は反応し、一瞬だけ、悠の顔を見てくれた。
が、サッと顔を背け、何も聞いていなかった風を装うのだ。
ケーキに興味を示しているのが、バレバレである。
「それで、どうなんだ?」
悠は玲の右隣に腰を下ろしていた。
「……」
妹はソファ前にあるテーブルに置かれた皿から、フォークでケーキをひと口分取り、口に含み、食べて、ごっこんする。
「あのね……その、本当の事を言うと、あんたの……んん、お、お、お兄ちゃんの言う通りね、学校で色々とあったの」
「やっぱりか」
予想した通りだ。
玲は何かを考え込む時、絶対に表情が暗くなり、一人で行動する習性がある。
「そんなに悩むくらいならさ。俺にさ、具体的に話してみろって」
「……う、うん……」
妹は軽く頷き、一度、フォークをケーキの皿に置いた。
「クラスメイトにね、朝のことバレていたみたいなの」
「バレてた? まさか、俺と玲が通学路を歩いているところをか?」
「うん」
「まじか」
悠は正直驚いた。
いずれかは誰かにはバレるとは思っていたが、こんなにも早く、学校に通っている人に認知されるとは。
予定が大幅にズレてしまった感じである。
「それで、どうなんだ? クラスで弄られているのか?」
「うん……」
「なんか、ごめん……余計なことをしてしまった気が」
「……お兄ちゃんのせいなんだから」
「うッ、そ、そうだよな」
悠は心から反省した。
玲のことが好きすぎて、妹とイチャイチャしたり、手を繋ぐことしか考えられなくなっていたのだ。
もう少し周りを意識した言動をとればよかったと、今になって思う。
だが、すでに後の祭りである。
どうしようもない。
「でも、本当は嬉しかったの」
「え?」
「クラスで虐められるのは嫌だけど……朝ね、お、お、お兄ちゃんと一緒に手を繋いで登校できたのは、凄く嬉しかったの……」
「そっか、そうなんだ……」
悠はなぜか、不思議と安堵してしまったのだ。
嬉しくも、妹が悲しんでいるところを見ている今、複雑な心境だった。
「だからね、あ、あんたのせいだけど……その、そんなに自分のせいだなんて思わなくてもいいから……」
「ありがと、そう言ってくれてさ」
「べ、別に……」
玲は恥ずかしそうに頷くだけ。
それ以上の発言をしてくることはなかった。
「ケーキ、美味しいか?」
「うん……」
妹はフォークを咥えたまま、頬を赤らめ、頷く。
悠は隣に座っている玲の頭を軽く撫でる。
小さく微笑んでいるが、同時に悲しんでいる瞳を見せていたのだ。
「……お、お兄ちゃんと手を繋いでいたからね。今日ね、クラスメイトから虐められたの。変だって」
「変? 何が? まあ、一般的な感覚からしたら、確かに変かもな」
悠は素直に納得したように頷いた。
「私ね、苦しかったの。普段から普通に会話してくれていた人もね、その話を聞いて、距離をとり始めたし」
「そんなに大変な思いをしてたんだな」
心苦しい。
悠は妹の頭から手を離した。
頭を撫で続けることを躊躇ってしまう。
「でもね、私……辛くないから、ね。私ね……やっぱり、お、お兄ちゃんと一緒にデートをね、その……続けたいし。別に、私のことを心配しなくてもいいから」
「でも、今のままだったら。絶対に玲だけが苦しむだけだろ?」
「別に、大丈夫って言ってるじゃん……」
「いや、大丈夫じゃないだろ」
「……んんッ」
玲は鼻声になっている。
悲しくて、苦しくて、涙によって声で変になっているのだ。
想いを伝えたいのに、うまく伝えられない状態なのだろう。
「……⁉」
妹は目を大きく見開き、隣にいる悠を見る。
玲は、自身の兄から目元の涙を拭われたことに驚いているのだ。
頬が緩んでいくが、口元が震えている。
妹は嬉しく思い。それと同時に、虐められるのが怖くて、学校に行けない状態に、妹は苦しみ、悩み、考えている顔を見せている。
「前も言っただろ? 何かあったら、俺が玲を守るって。でもさ、学校で弄られるならさ。人前では恋人のようなデートはしないよ。そっちの方がいいだろ?」
「いや……私は、お、お兄ちゃんと……デートしたいし……今のままでいいし」
「いや、ダメだって。俺は彼女の玲を守りたいんだ。だからさ、こっそりとデートしよ」
「……」
玲からの返答は鈍かった。
素直じゃない妹は、心の底からもっとイチャイチャしたいのかもしれない。
けど、そういった行為は今日でやめて、誰も見ていないところだけで、デートを楽しめればいい。
それは兄妹同士が付き合っていける唯一の方法なのだと、悠は感じていた。
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