第11話 …守ってくれて、その…ありがと…

 学校終わりの放課後ほど楽しいものはない。

 悠は妹と一緒に街中にいる。

 辺りを見渡せば、店内にはお客が数人ほど席に座っていた。


 現在、ドーナッツ専門店にて、注文を終えた二人は対面するように、椅子に座っていたのだ。

 二人の間にあるテーブル上には、白色の皿にのせられたドーナッツがある。


 この専門店には、チョコ味やストロベリー味。その他にもカスタード、クリーム、シュガー系とか色々出揃っていた。

 その他にも種類豊富のドーナッツが売られているらしい。


「ねえ、これでいいの?」


 妹の玲からの問いかけ。

 冷めた感じの口調である。


「というか、玲の“お兄ちゃん日記”に、俺とドーナッツ専門店に行きたいって、そう書いてたじゃん」

「そ、そうだけど……本当に来るなんて……」


 妹は慌てた口調になった。

 頬を赤らめる玲の姿は可愛らしく、何度見ても目の保養になるのだ。


「でも、来たかったんじゃないのか?」

「まあ、そうだけど……なんか、気が早いっていうか……」


 妹は独り言を呟いている。


「というか、ジュースとか飲み終わったんじゃない? 俺が何か買ってこようか?」

「いいから、別に……」

「え? 俺と一緒にいたいからか?」

「は……は⁉ ち、違うし。バカじゃないの、そういう意味で言ったわけじゃないし」


 玲は顔を背けて言う。

 目を合わせようとはしなかった。


「……ねえ、あんたはジュースを買いに行かないの?」

「え? 買ってきてもいい? じゃあ、何にする?」

「別に……あんたが買いたいものを買ってくれば?」

「わかった。じゃ、行ってくるから」


 悠は席から立ち上がり、一旦テーブルを後にするのだ。

 妹はどんなジュースがいいだろうか?

 さっきはオレンジジュースだったし、またオレンジにするか……。

 でも、別の方がいいかな?

 悠は考え込みながら店内を歩くのである。






「えっと……これにしようかな? いや、こっちか?」


 オレンジジュースでもいいような気もする。

 けど、普段から妹がよく飲んでいるのは、牛乳なのだ。

 店屋まで来て牛乳を注文するのはつまらない。

 そもそも、牛乳なんて、ドーナッツ専門店にはないのだが……。


 今回は、メロンソーダとかの方がいいかもな。

 悠は店員がいるカウンター前へとたどり着くなり、自分のも含めて注文をする。

 支払いを終わらせるなり、数秒程度でジュースが入ったコップを渡された。

 コップを持ち、妹がいるところまで向かう。


「これから一緒にカラオケなんだけど。どう?」

「えっと……その……私は、いいです」


 え? なんだ?

 店内を歩いていると、誰かの声が聞こえる。


 玲の声と、もう一人は?

 悠はふと顔を上げ、妹が座っている席へと視線を向けた。

 そこには見知らぬ男性に話しかけられている玲の姿があったのだ。


 まさか、ナンパとか、そういう類なのか?

 大切な妹を奪われそうな不安に駆られ、悠は本能的に早歩きになる。


「いいじゃん。今、一人なんだろ?」

「けど、無理なので……」


 普段は強気な口調の玲は、実に消極的。

 見間違えてしまうほど、おとなしいのだ。

 今の妹では、あの男性の言葉に流されてしまうだけだろう。


「ねえ、何してんの?」


 悠は、その男性に対し、告げた。


「あ? ――って一緒にいる奴がいたのかよ」


 その男性は、つまらなそうに舌打ちをする。


 そもそも、テーブルの上に、二つ以上の皿が置かれている時点で、誰かと一緒に来てるくらいわかるだろと、内心、悠は思っていた。

 が、そんなことは口にしない。

 話してしまったら確実に面倒になる。


「まあ、いいや」


 男性は背を向け、一緒にドーナッツ専門的に来ていた連中がいるテーブルに戻っていた。その連中は、うまくいったとか、いなかったとか、ふざけた感じに会話したのち、店内を後にしていったのだ。


 一体、あいつらはなんだったんだ?

 ――と、悠は、連中が専門店から出ていくところまでジーっと睨むように見ていた。


「……なんかさ、その……ありがと」

「まあ、普通のことをしただけさ」

「……」


 玲は無言だった。

 悠は一旦、手に持っていたコップをテーブルの上に置く。


「メロンソーダにしたの?」

「ああ、そうだけど。嫌だった?」

「……私、オレンジの方が良かったし」

「そうか。じゃあ、迷わず、オレンジを注文しとけばよかったな」


 悠はそう言うと、対面するように席に腰を下ろした。


「というか、あんたは余計に考えるからよくないのよ。素直に、オレンジにすればよかったじゃん」

「なんか、凄い上から発言だな。どうしたんだ?」

「……なんでもないし」

「ん?」


 悠は首を傾げてしまう。


「なんか、その……

「なに?」

「こ、怖かったの……」

「怖かった?」

「う、うん……」


 妹は頷く。

 声が震えているのがわかる。


「でも、気にするなって、何かあったらさ。俺がさっきのように守るからさ」

「ッ、ば、バカじゃん。そういうのさ……な、なんでそういうこと。すんなりと言えるのよ……」

「俺は玲のことが好きだからさ。それ以外にはないだろ」

「ッ……」


 玲は強気な表情を一瞬見せた後、俯き、無言になった。


「……カッ……ロー、持ってきてないよね……」


 妹は小さく呟くだけだ。

 あまりにも小さく、聞き取れなかった。


「なんて?」

「なんでもないから、聞こえてないんだったら、別にいいし……」


 玲は、もうー、と言った感じに頬を膨らませるのだった。

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