第12話 カップルだったら、こういうのやるんじゃないの…

 カップルストロー。

 それは付き合っている恋人同士が、喫茶店とかでジュースを注文した時、よく使うものなのである。

 一つのストローに、口を付けるところが二つある特殊な作りのモノ。

 必然的に顔が近づき、キスしているわけではないが、そういった気分にさせてくれる必需品なのだ。


 でも、現実問題。そういうことをやっている人は、あまり見かけない。

 それはドラマや、二次元の中での話であり、現実世界でそんなアイテムを使って、一つのジュースを飲んでいたら、噂話のネタにされてしまうだろう。


 だがしかし、悠はやってみたいと考えるようになっていた。

 できるなら、その特殊なストローを使って、大好きな妹の玲と一緒に、同じジュースを味わってみたい。

 そんなひと時を送りたいのだ。


 ドーナッツを食べている際、ボソッと小さい声で、対面して席に座っている妹が、そんな言葉を漏らしたからである。

 まさか、玲の方から、カップルストローという発言をするとは思っていなかった。

 最高な瞬間だ。


 だが、本当に人目の多いドーナッツ専門店内でやってもいいのか?

 悠は何とかなるかもしれないが、玲は恥ずかしいと思うだろう。

 今日の朝も、帰宅する時も、緊張のあまり、手すらも繋げない妹なのだ。

 本当にカップルストローで、同じジュースを飲めるのか、不安さが残っていた。


「ね、ねえ、あんたもやってよね」

「あ、ああ。わかってるさ。玲の方こそ大丈夫か?」

「う、うん……」

「緊張してないか?」

「なッ、ち、違うし……してないし」

「というか、玲がカップルストローを持参してるとはな。やっぱり、やってみたかったんだよね?」

「……別にいいでしょ。やるの? やらないの?」

「やるって。それ一択しかないじゃん」


 悠はテーブルの中心に置かれたジュースを前に、一度深呼吸をする。

 カップルストローはすでにジュースの中に入っており、いつでも、それに口づけができる状態だ。


「ねえ、やるから……」

「声が震えてるんじゃない?」

「もうー、そういうのはやめてよ……余計恥ずかしくなるじゃない」


 玲はちょっとばかし、軽く睨んでくる。


「いいじゃん、少し緊張していた方が、付き合いたての恋人らしくてさ」

「……恋人って……バカッ、こういうところでいうな……」

「でも、正式に付き合ってもいいって、玲の方から言ってたじゃん」

「……そうだけど、付き合うとか、恋人とか、そういうのを、公共の場では言わないでってこと」

「わかったよ。でもなんかさ、カップルストローを前にするとさ、本当に付き合い始められたんだなって思えて嬉しいっていうかさ」

「あんたはどうして、そういうことをストレートに言うのよ」

「玲と一緒にデートできてることが嬉しくてさ」

「もうー、なんなのよ……調子狂うじゃん……」


 妹は両手で顔を隠しつつ、右手で前髪を触り、心を落ち着かせていた。


「じゃあ、やるよ」

「……う、うん」


 玲の声は震えている。

 が、内心、平常心を装っている悠も、妹と同じ気持ちだ。


 二人はそれぞれのカップルストローの先端に口を付けるのだった。






「……」

「……」


 悠の目と鼻の先には、妹の顔がある。

 玲の綺麗な瞳。白い頬や整った鼻筋。さらに、緊張しながらストローを咥え、ジュースを啜っていることで、妹の息が聞こえる。


 本当にカップルストローを通じて、同じジュースを飲んでいるのだと、リアルに実感ができた。

 悠は緊張しているつもりはないのだが。心のどこかで、心臓の高鳴りを抑えられずにいたのだ。


「……」

「……」

「も、もう無理……」


 初めにカップルストローから口を離したのは、玲の方だった。

 妹は息が荒く、片手で胸を抑えながら深呼吸をついている。

 頬は真っ赤で熱があるんじゃないかってくらいだ。

 そんな愛くるしい玲を、悠はまじまじと興奮気に見ていた。


「な、なによ……み、見ないで」

「いや、いいじゃん。俺だってさ。実際にやってみて、緊張してるんだ」

「へえ、そんな感じには見えなかったけど?」


 妹は気まずそうに制服のスカートを触ったり、袖を触ったりと、少々落ち着きがない。


「でもさ、意外とできたじゃん。カップルストローで同じジュースを飲むのさ」

「ま、まあね……」


 玲は俯きがちになり、テーブルに置かれたカスタード風味のドーナッツをジーっと見つめた後、それを手にし、一口だけ食べていた。


「少しは慣れてきたんじゃない?」

「あんたに、評価されたくないけどね」

「まあ、そういうなって。でも、一応これで、“お兄ちゃん日記”内でやりたいことの一つは達成できたな」

「う、うん……」


 キツメの話し方をする妹だが、ドーナッツを咀嚼する玲は嬉しそうに頬を緩ませていた。

 ただ――


「あれ、何? まさか、カップルストローってやつ?」

「そうみたいね。今時珍しいー」

「見せつけてるっていうか、バカップルみたいな」


 近くの席に座っていた女子大生風の三人が軽く笑い、仲間内で話のネタにしていたのだ。


 他人からそう思われると予測していたが、まさか、聞こえるように噂されるとは考えていなかった。

 ただ、知り合いじゃなかったのが、唯一の救いである。


 悠は気恥ずかしさを身に、噛み締めていたのだ。

 時間が長く感じてしまうほど、胸元が熱い。


「ね、ねえ、恥ずかしいんだけど……」

「お、俺も……」

「で、でも、これでカップルみたいに……その……成れたよね?」

「まあ、そうかもな」


 緊張感を抱きつつ、ようやくカップルらしい関係になれたことで、悠は気まずそうに苦笑いをする妹の顔を見て、和んでいたのだった。

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