第8話 ねえ…やるんだったら、早くやってよ…
「ねえ……本当にやるの?」
悠は一階からポッキーの箱を、妹の部屋に持ってきていた。
「やるけど? 嫌?」
「嫌じゃないし……」
「じゃあ、嬉しい?」
「……」
玲はただ、頷くことしかしなかった。
ハッキリとした返答の仕方ではなく、やんわりとした立ち振る舞いである。
距離感は縮まってきたものの、どこか、遠く感じるところがあった。
妹のベッドの端に座っている悠はポッキーの箱を開封する。
そこから袋を取り出し、中から棒状で細長いものを手にするのだ。
「恥ずかしくないの?」
悠の右隣に座っている玲は小さく呟くように問いかけてくる。
「まあ、恥ずかしいけど、今は二人っきりじゃん。だから、あまり気にならないよ」
「へえ……」
「そういう、玲は? 恥ずかしいんじゃない?」
「べ、別に」
玲は強がった素振りを見せているだけ。
「でもね……私。恥ずかしさを克服したいの」
「そうなのか?」
「う、うん……あのね――」
妹は本音で語り始めるのだ。
玲の想いは、ずっしりと伝わってきて、心に響くものだった。
だからこそ、悠も妹のことを意識してしまう。
先ほどまで全く動揺していなかったのに、やけに心が熱い。
緊張し始めているのか?
悠は自分を疑った。
「ねえ、やるんだったら、やろうよ……ずっと、見つめ合っているような感じなのは……逆に恥ずかしいし」
玲は、上目遣いでチラチラと見てくる。
妹は誘惑しているわけではないだろうが、そんな顔を見てしまうと、心を惹きつけられてしまう。
「ねえ、私……恥ずかしいし……目を瞑ってるから」
玲はゆっくりと瞼を閉じる。
やってもいいということなのか?
じゃあ……このポッキーで。
悠は手にしていた細長いお菓子の棒を唇に咥えた。
「ねえ、悠……ま、まだなの?」
「今からやるから」
なんで、こんなにも緊張するんだ?
ただ、ポッキーの先端を互いに咥えるだけなんだ。
それだけのこと。
でも、瞼を閉じている妹の顔からは、いつものような凶暴さは一切感じられず、逆に悠の振動の鼓動が高まってくるのだ。
よ、よし、やるか。
決心を固め、口に咥えたポッキーの先端を玲に向けるのだった。
「じゃあ、行くよ」
「う、うん……」
なんか、気まずい。
互いに咥えたポッキーの先端を齧る。
玲の顔が近い。
ポッキーゲームのようなことをしている故に、近いのは当然のことだ。
ひと齧りするだけでも、心が揺さぶられる思いだった。
自分から言っておいて、本当にやることになったら緊張してしまう。
なんて、情けないんだと、悠はお菓子を口に含めながら感じていた。
「……」
「……」
無言な空間。
二人は何も話すことなく、ひたすら、ポッキーを齧っては食べの繰り返しを行っていた。
お菓子が砕ける音と、咀嚼する音だけが軽く響いている。
どうしたらいいんだ?
話しかけた方がいいよな。
というか、さっきまで俺、普通に話してたのにさ。
不思議なくらい、悠は消極的になっていた。
「……」
「……」
「えっとさ、玲」
「……なに……?」
顔が近い。
そんな状態で、会話するにあたって視線が重なってしまう。
みるみるうちに、妹の頬が赤く染まっていくのが分かる。
「きゃあああッ」
玲は我慢できず、ポッキーの先端から口を離し、左にいる悠の肩を両手で思いっきり押す。
「えっ、ちょっと……」
悠は態勢を崩してしまい、ベッドの端っこから床に叩きつけられてしまった。
「い、テテテ……な、何すんだよ」
「だって、だ、だって……あんたの顔が近かったからよ、バカッ」
妹の強気な口調は収まりそうもない。
「というか、いきなり話しかけてこないでよねッ」
「……ごめん」
悠はボソッと口にした。
「もう……でも」
「でも?」
「な、なんでもないッ」
玲の強い怒号が響き渡る中、悠は床から立ち上がり、もう一度ベッドの端に座り直そうとする。
「まったく……玲の日記に書かれていることをやってみただけなんだけど……」
「別に、嫌だったわけじゃない……から」
「じゃあ、嬉しかったのか? 嬉しかったから、恥ずかしい気持ちを抑えるために、俺を突き放したのか?」
「え、ええ、そうよ……」
妹は頬を赤く染めている。
「じゃあ、嬉しかったってことでいい?」
「え、ええ。べ、別にいいでしょ……私、あんたのことが好きなんだし……」
玲はチラッと悠の方を見やる。
「でも、あんたこそ、手が震えてるわよ」
「え? こ、これはさ。まあ、緊張してたんだ」
「やっぱり……あんたもそうなんでしょ?」
「そうだよ。やっぱりさ、恥ずかしいんだ。玲と関わり慣れてるつもりだったけど、玲の女の子らしい一面が見えてると、やっぱさ、緊張するんだよ」
「へえ……あんたも緊張するじゃん」
「そうだよ。なんだかんだ言っても、俺も緊張してたのかもな」
「お互いさまってこと?」
「まあ、そうなるね」
「なんか、嬉しい……」
「なんで?」
「だって、同じ気持ちだったし……ちょっと共感できたから」
「玲からしたらさ、共感できてよかったか?」
「え、ええ……むしろ、嬉しいし」
妹は素直じゃないけど、少しは本音で話してくれるようになった。
「……でも、ポッキーゲームは失敗に終わっちゃったね」
先ほど咥えていたポッキーは床に落ちていた。
これではもう食べられない。
「……」
悠はそれを拾いあげた。
「じゃあ、汚れてしまったし、捨てるから」
「う、うん……残念ね」
「まあ、しょうがないさ」
悠はゴミ箱のところまで行き、捨てる。
「あんたは、その……明日はどうするの?」
「明日? 学校のこと?」
「そうだけど、ちょっと違うかな」
「違う?」
「うん。学校というか……一緒に、その……登校することなんだけど……」
「一緒に登校するってことか?」
「え、ええ、そうよ」
玲は恥ずかしがっていて、本当の言葉に到達するまで、少々時間がかかる。
でも、ようやく、妹の方から誘ってくれたことで、少し前身できたような気がしたのだった。
明日が楽しみである。
そう思いつつ、緊張した面持ちで軽く笑顔を見せる玲を、悠は見ていたのだ。
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