第7話 き、キスなんて、変態…あんたとするわけないじゃない…

「ねえ、いつまで見てんのよ」


 玲は布団から姿を現し、ベッドの端に座っていた。

 その左隣には、悠がいるのだ。

 今はカーテンを開け、朝の陽ざしを、妹の部屋に取り込むようにしていた。


「だって、見ないとさ。玲の気持ちがわからないじゃん」


 悠はお兄ちゃん日記を見開き、隅々まで見ていた。

 読めば読むほど、気恥ずかしくなってくる。でも、これも玲の想いであり、すべてを受け入れておこうと思っていた。


「そうだけど……なんか、キモい。あんたのさ、私の日記を読んでる顔を見てると、気分悪くなってくるんだけど」


 妹から投げかけられる辛辣なセリフの数々。


「べ、別に見てもいいけど……見せたくないの……」

「本当は見せたいんでしょ?」

「んッ、私の思ってくることを口にするなー」


 玲は恥ずかしさを抑えつつ、力強く訴えかけてくる。


「でもわかるよ」

「え?」


 妹の驚いた顔をする。


「玲が恥ずかしって思う気持ちさ」

「あ、あんたなんかにわかんないでしょ」


 玲はそっぽを向く。


「わかるって」

「……」


 隣にいる妹が、ジーっと睨んでくる。

 何気に、威圧が凄い。


「けどさ……他人に言えない気持ちって誰でもあるじゃん」

「まあ、あるでしょうね」

「俺だって、あったけどさ」

「あった?」


 玲は疑問口調になる。


「妹が好きって気持ちとか」

「んッ、い、いきなり好きって……言うな……は、恥ずかしいよ……」

「そういうのになれていった方がいいよ」

「慣れるって、そんなのできるわけないじゃん……というか、あんたはどうやって慣れたのよ」

「玲のお兄ちゃん日記を見て、両想いなんだなって思った時から慣れ始めたけど」

「……早すぎない? その感情……それで、その……あんたは、妹がお兄ちゃん好きとか知って、引かなかったわけ?」

「引かないよ。なんだろうね。玲の気持ちを知れて嬉しいというか。まあ、“お兄ちゃん日記”を初めて見た時は、色々な意味で怖かったけどさ」

「怖いとか、そう思うんだったら、見なければよかったのに」

「そういうわけにはいかないさ。実の妹が何を考えているのか知りたかったんだ。その衝動からは逃れられなかったんだよ」

「へ、へえ……」


 妹から引かれ気味である。

 ただ、玲は急におとなしくなった。

 なぜだ?


「私ね……さっき、あんたのことを意識し始めたのって、中学生の頃って言ったじゃない」

「ああ、それは聞いたよ」


 妹が話しやすいように、軽く相槌を打ってあげる。


「あんたは?」

「俺が意識し始めた頃ってこと?」

「そうよ……私だけ、好きになった経緯を言うのは、嫌というか、平等じゃないというか」


 玲のほっぺは真っ赤である。


「俺、妹と同じだけど」

「同じ? 中学生の事ってこと?」

「ああ」

「へ、へえ……奇遇ね」

「まあ、そうだね。もしかして、運命だったりとか」

「ば、バカッ、そういうのは急に言わないでよ」

「別にいいと思うんだけど」

「もう……急に恥ずかしくなったじゃん」


 妹は両手で赤い頬を抑え、恥じらっている。

 そんな玲の姿が、一人の女の子として可愛らしく見えた。


「な、なに、見てんのよ……」

「可愛いから」

「ッ……⁉」


 妹の顔はさらに火照っていた。

 瞼を閉じ、顔を合わせてくれなくなったのだ。


「……べ、別に……付き合ってもいいよ……」


 急な、玲の発言。

 悠は妹の言葉を疑ってしまう。


「え? なんて?」

「だから、察して行動しなくても……その、正式に付き合ってもいいってこと」

「え? 本当に?」


 悠は内面から嬉しくなっているのが、自分でもわかった。


「だ、だって……だって……もう、お兄ちゃんといると、この感情抑えられそうになれないんだから」

「なんか、本当に可愛いな……って今、お兄ちゃんって」

「う、うるさい。そんな事、言うなッ」

「素直になったら?」

「もう、十分……素直だし」


 悠は妹の頭を撫でていると、玲は頬を膨らませ、さらに顔を合わせてはくれなくなった。

 大好きだけど、素直になれない。

 そんな思いが、悠の心には伝わってくる。


「付き合うとして、何からやる?」

「何って、あんたが勝手に決めれば……」

「本当に決めてもいいの?」

「……で、でも、エッチなのはダメだから」

「まあ、それはわかってるよ。最初っから、そんなことはしないよ」

「……へ、へええ。さっき、あんたが抱き着いてきた時、私の胸触ろうとしてたじゃん。アレは何?」

「それはそれだ」

「意味わかんないんだけど」


 玲は少々強気な口調だが、どこか、優しさが垣間見れる話し方だった。


「じゃあ、手始め手にさ。キスするってのは?」

「は、ば、バカぁ、さっき、エッチなことはしないってッ」

「いや、だってさ。玲の“お兄ちゃん日記”にさ。お兄ちゃんと密室な部屋でキスしたいって。ここに書かれてるんだが?」


 悠はその日記のページを見開いて見せる。


「はッ……もうー、なんでそういうのを、すぐに見つけるかなあ……」


 玲は、その日記を奪い、両手で抱きかかえるのだ。


「さっき、入念に見てたからな」

「だから、そんなに見ないでよ……」

「でも、見せたかったんだろ? “お兄ちゃん日記”をさ」

「……そ、そうだけど」

「じゃあ、キスで」

「……そういうのは……せめて、別のにして……」

「別の? なんでもいいって」

「なんでもっていったけど。き、キスのは、その……エッチなことでしょ?」

「そうなのか?」

「あ、あんた、感覚どうかしてるよ……で、でも、してみたい……」

「してみたいって?」

「なッ、違うから。さっきのは、その……独り言。そうよ、独り言なんだから」

「でも、願望なんでしょ?」

「……」


 妹は点火したかのように、体が火照り始めている。


「で、でも、やっぱり無理ッ」


 玲は、悠の顔を見るなり、サッと視線をそらし、距離をとった。


「やれるんだったら、俺はやりたいんだけど」

「一人でやってれば」

「一人で? どうやって?」

「そ、それくらい一人で考えたら」


 妹はとうとう、まともに取り合ってくれなくなった。


「でも、その……ポッキーゲームでなら、いいよ」


 横目で愛らしく言う。


「いいの? というか、ポッキーって家にあったっけ?」

「気が早いのよ……変態」


 玲の問いかけに、悠はテンションが上がってくるものの、対する妹は恥じらい、まだ素直になれていないところがある。


 悠は、玲の部屋から立ち去り、お菓子があるかどうかの確認のために、一階リビングへと向かうのだった。

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