第6話 玲? いつになったら、正式に付き合ってくれるんだ?

 悠の妹は小柄な女子高生である。

 小柄と言っても同世代と少しだけ身長が低いとか、そういうことではない。

 パッと見、中学生……いや、小学生と見間違われるような容姿なのだ。


 身長はおおよそ、一五四センチ。

 正確な背丈は知らない。

 聞いたとしても教えてくれないからだ。


 大体、悠の身長が一六九センチほど。男性にしては若干低い。その悠の身長を見積もって、妹の背丈は一五四センチだと考えているだけである。

 玲の身長が低かったとしても、妹の存在自体が好きであり、悠は全く気にしてはいなかった。


 けど、玲はどうなのだろうか?

 私服を身に纏うと、さらに幼っぽさが目立つ。

 妹は気にする素振りを見せたことはないが、同世代からは、そういうところで弄られていると、風の噂で聞いたことがあった。

 こんなに可愛らしい玲を、バカにするなんて許せない。


 だがしかし、あくまで噂であり、事実ではない故、弄ってる奴を特定することはできなかった。

 たとえ、妹が気にしていなかったとしても、悠は納得がいかない。

 好きな相手が弄られているのは噂であっても辛かった。


 特定するのは、情報が集まり次第でいいだろう。

 余計に行動して下手にしくじってもよくない。

 悠は噂に惑わされないように、一度冷静になるために、深呼吸を一つする。

 そして、正面にいる妹を見やった。


「……玲はさ、どんなシチュエーションが好き? この日記に書いてる通りでもいい?」


 気分を変えた。

 話題を変え、話す内容を変えれば、自身の怒りも収まることだろう。

 対面上に、佇んでいる妹は頬を赤らめ、俯きがちになっている。


「……だから、そういうのは、察してって……い、言ったじゃん、もうー……」


 不満げな口調。

 嫌そうな表情を見せてはいるが、話し方は至って普通。

 本気で怒っているような声のトーンではないので、心内では嬉しがっているのかもしれない。

 そう考えるだけで、悠の胸が熱くなってきた。


「察するって、それ結構難しくないか?」

「私のことが好きなら、わかるんじゃない?」


 ぶっきら棒で、適当な物言いだ。

 ちょっとばかりに反抗した、そんな玲の態度も可愛らしく思えてしまう。好きで、好きでしょうがないからこそ、魅力的に、悠の瞳には映る。

 やはり、妹のことが心の底から好きなんだと、改めて感じることができた。






「でもさ、なんで、こういう風な日記を書こうって思ったんだ?」


 悠は手に持っている“お兄ちゃん日記”を片手に、妹に問う。


「べ、別になんだっていいでしょ……」

「よくないよ。俺は純粋にさ、玲の想いを知りたいんだ」


 真剣な瞳で、妹を見つめる。


「……じゃあ、なんであんたは、私のことが好きなのよ。最初に、あんたから言いなさいよ……私に質問するくらいなら」

「なんでって、俺の理想そのものだからだけど?」


 迷わなかった。

 悠は今まで抱いていた想いを、すんなりと口にした。


「理想? 私が?」


 理想という言葉に反応し、玲は頬を紅葉させている。

 実際のところ、嬉しいのだろう。


「ああ」

「へ、へええ……じゃあ、どういうところが、その……好きなわけ?」

「全部」

「――ッ、ば、バカ、バカぁ、そ、そういうのは面と向かって言わないでよッ……わ、私が恥ずかしくなっちゃうじゃないッ」


 玲は両手で顔を隠し、悠に背を向ける。

 顔を合わせてはくれなくなった。


「なんで、玲の方が恥ずかしくなるんだよ」


 悠は妹にツッコみを入れてしまった。


「好きな気持ちを素直に伝えただけなんだけどなあ……」

「だから、そういうのが恥ずかしいのッ」


 玲の語気が強まる。


「好きなんだからしょうがないだろ」


 悠はあきれつつ、言った。


「あんたは……なんで、そういうこと、言えるのよ」

「え? だって、両想いでいいんだよね?」

「……そ、そうみたいね」

「そうみたいって。なんで、隠そうとするの?」

「やっぱり、恥ずかしいのよ」


 まだ、妹は背を向けたままで、顔を見せてくれない。


「そんなに恥ずかしいのに、よく“お兄ちゃん日記”書けたよね?」

「それは……」


 玲は赤面していた。

 すぐに返答できそうな状態ではなさそうだ。


「それは?」

「もうう、嫌ッ」


 妹はベッドの方へ向かうなり、布団に体を隠していた。


「そんなに隠れようとするなって」


 玲は布団から少しだけ頭と顔を見せる。


「あ、あんたが悪いのよ。恥ずかしいことばっかり言うんだから……」

「不思議だよ。“お兄ちゃん日記”では素直なのにさ」

「そ、それは、見せる前提で書いていなかったからよ……」


 妹は恥じらいを隠すように瞳を閉じ、強い口調で言い放つ。


「けど、両想いならさ。もう少し素直になってほしいというか。今のままだと距離を感じてさ。その、付き合ってるような気がしないんだよ」

「べ、別に、あんたとは付き合ってるわけじゃないし……仮に付き合ってるだけで、正式じゃないし」

「いつになったら、正式になるんだ?」

「……し、知らない」


 ぷいっと、妹はそっぽを向いていた。


「俺はもっと距離を縮めたいのになあ」

「じゃあ……私がやってほしいことを察してやってくれたら、縮まるかも……」

「え? 本当か?」


 悠のテンションが上がった。


「ただの独り言よ」

「でもさ、察して行動したら、正式に付き合ってくれるってことだよね?」

「……」


 玲からのハッキリとした反応はない。


「……私ね、お兄ちゃんと付き合いたいけど。兄妹同士だし、無理だと思ったから、その……妄想で書き始めたの。それで……気づいたら”お兄ちゃん日記”的なものができてて。それを書くのが習慣になったって感じ」

「へえ、そうなんだ。いつ頃から?」

「……中学生の初めの方から……」


 その頃と言えば、悠は中学二年生である。

 悠も、妹を意識し始めた時期であり、妙な運命を感じてしまった。

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