第5話 私の気持ちくらい、察してよね…お、お兄ちゃん…

 妹の体は柔らかく、温かい。

 年上のような包容力がなかったとしても、それに代わるものがある。

 それは小動物のような愛らしさだ。


 常に頭を撫でたくなるほど、愛くるしい存在。

 一緒にいるだけでも心地よかった。

 もっと、抱きしめてあげたい。


 妹のおっぱいは、年上のお姉さんに比べれば、小さいと思う。

 けど、そんなものは論外だ。


 玲だからいいのである。

 小さいとか、むしろ、それは妹としてのステータスであり、誇ってもいい。

 悠はそう思いつつ、薄暗い妹の部屋で玲の体を背後から抱きしめ続けていた。


「ねえ、あんた……わ、私の胸、触ろうとしていなかった?」

「え? そうだけど」

「そういうの、普通に言っちゃうんだ……キモ、というか、ちょっと離れてッ」

「別にいいけど。嫌だったか?」


 悠は距離をとり、立ち上がる。

 妹は床に座ったままだった。


「ち、違うけど……」

「じゃあ、どうなの?」


 悠は興味本位で聞いてみる。

 実際、どんな台詞が返ってくるかなんて大体予測がつく。

 だから、問うのだ。


「変態ッ……もう、私に言わせんなッ」


 玲は立ち上がり、ベッドの方へと向かっていく。

 そのまま布団の中に隠れるように姿を晦ました。


「また、寝るのか?」

「別にいいでしょ。今日は日曜日なのよ。好きにさせて」

「本当に素直じゃないよね」

「あ、あんたが、ストレートすぎんのよッ、変態、バカッ」


 布団の中から響く、妹の大きな声。


「でもさ、折角の休日なんだし、なんかしよ」

「なんかって、なに?」

「今後のことを決めたりとか」

「……好きにすれば?」

「本当に好きにしてもいい?」

「ええ、べ、別にいいんじゃないの」

「じゃあ、好きにさせてもらうけど」

「……⁉」


 悠の言葉に妹は何かを察したようだ。布団を剥ぎ取り、姿を現す。


「ま、待って。あんた、私の――」


 悠は妹の机にあった、“お兄ちゃん日記”を手にしていた。


「あッ、やっぱり。ちょっとお兄ちゃん、返して」

「え?」

「はッ……」


 二人の間に沈黙が訪れた。

 そして、数秒後、何かを察し、玲は視線を逸らす。悠はわかったように、妹の頭を軽く撫でる。


「玲? お兄ちゃんって、今ハッキリと言ったよね?」

「違うから……」

「正直に言ったら?」

「うう……」


 悠は泣き声になっている玲の頭を、さらに軽く撫で続けた。

 頭部や、特に黒いショートヘアの髪を撫でられると、小動物のように、おとなしくなっていく。


「い、言ったわよ……お兄ちゃんって……」

「素直になったじゃん」

「もう、最悪」

「でも、頬が赤いけど?」

「んッ、もう、嫌ッ」

「落ち着けって、玲」

「んん……」


 妹は駄々をこねるように、悠を睨んでいた。


「そんなに怒るなって」

「もう、全部、あ、あんたのせいなんだから……責任取ってよね」

「だったら、正式に付き合う?」

「そ、そんなの……」

「素直になった方がいいよ。じゃないよ、このノートを見るけど?」

「やめてよ……で、でも、み、見てほしい。あ、あんたと付き合うくらいなら、見せるし……」

「え?」


 予想だにしない玲の言葉に、一瞬言葉を失う。

 隣にいる玲の表情が赤い。

 本当に、妹の口から導き出されたセリフなのだろう。


「じゃあ、見るよ」

「か、勝手にすれば」


 一応確認を取りつつ、悠は“お兄ちゃん日記”を見開いたのだ。






 目次もしっかりと書かれている。

 ページ数も振り分けられており、パッと見、ハートマーク的なものが、多い印象。

 昨日は拾って簡単に見た程度でわからなかったが、かなり手の込んだ作りになっていたことに気づいた。


「これって、全部、玲が作ったの?」

「そ、そうよ……悪い?」

「悪くないけど」


 “お兄ちゃん日記”というものを、実の兄が見ているのは不思議なシチュエーション。

 でも、ここまで意識してもらえていたことに喜びが込みあがってくる。

 さらにページをめくると――


【三月二十八日。お母さんと一緒に、高校生用の制服を買いに街中まで行きました。お兄ちゃんと同じ学校の制服。お兄ちゃんは、私の制服姿を見て、どう思うかな? 可愛いって思ってくれるかな? 今から楽しみ♡】


 これは今年、入学する前の出来事か。

 別のページをめくり、見てみると――


【四月九日。お兄ちゃんと一緒の高校の入学式。お兄ちゃん、どう思うかな? 入学当日まで恥ずかしくて、お兄ちゃんの前で制服姿を披露できなかったけど……この制服姿を見せたら喜んでくれるかな? ようやく、お兄ちゃんと一緒に登校できるね♡ 早く登校したいな。お兄ちゃんと一緒に♡】


 す、すごいな、これ……。

 衝撃的だった。


 玲って、真面目そうな感じだけど、こんなことを考えていたのか。

 生真面目さがあり、厳しい口調で罵ったりすることが多い妹だが、心の中では普通の女の子。

 別のページもめくって見てみる。


【五月二十日。お兄ちゃん。どうして、話しかけてこないのかな? 私から話しかけた方がいいのかな? んん、こういうのは、お兄ちゃんからがいいな、やっぱり♡ 大好きなお兄ちゃんから話しかけてくれないと、私辛い……】


 悠は一旦、日記を閉じる。

 そして、正面にいる玲へと視線を向けると、妹は涙目になっていた。


「え⁉ どうした⁉」

「お兄ちゃんに、見られたぁ……」

「だって、見てもいいって」

「けど、なんか、いや……」

「なんかって」

「み、見たんだから……お兄ちゃん……私の想いを察するようにしてよね」

「あ、ああ、そのつもりだけどさ」


 悠は頷いた。

 妹は鼻を啜り、涙を右腕で拭う。


 けど、玲が何を想っているのか、わかった。

 悠は手に持っている“お兄ちゃん日記”を見、この内容をもとに妹と付き合っていこうと思ったのだ。

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