第3話 あんた…わ、私にそんなことを言わせるつもり⁉

 今、悠のテンションはうなぎ登りに上方修正している。

 マックス状態に近く、何があっても動じないほどに、気分が高揚していたのだ。


「ねえ、あんた、どこに私を連れていくつもりよ」

「それは着いてからのお楽しみってことで」

「何よ、それ」


 土曜日。

 二人は自宅を後に、近くの街中にやってきていた。

 人通りの多い街の道を、横に並んで歩いていたのだ。


 玲はショートヘアの髪に、小さなリボンのようなものをつけ、白色のTシャツに、下はジーンズ。

 六月の中旬ぐらいであれば、適したスタイルかもしれない。

 一見地味な服装だが、妹が着こなせば、モデル並みに魅力的に、悠の視界には映るのだ。


「でもさ、特に行きたい場所ないって、玲は言ってたじゃん」

「そ、そうだけど……なんで、今日なのよ。別にいいけど……」

「なに?」

「な、なんでもッ、それより、私今日ね、忙しかったの。だから、早く目的地に行って、帰るから」

「いきなりすぎじゃん。もう少し冷静になったら?」

「私は普通に……冷静だし……悠と一緒にいると……んん」


 玲は独り言を口にしていた。

 何か誤魔化すように、軽く咳払いをし、妹はさっさと歩いていく。


「あともう少しで到着するから。玲ってさ、本当は楽しみなんだろ?」


 悠は妹を追いかけるように近づいた。


「は? ば、バカじゃないの、そんなわけないし……」


 素直じゃないなあと思う。

 なんとなくだが、玲の仕草や口元、頬の色合いを見れば、大まかな予測なんてつく。

 この話し方と言い、目の逸らし方。

 嬉しいと思っている証拠だろう。


「それとね。あの建物を右に曲がった場所だから」

「へえ、そこなのね」


 もう着いたのという表情を、玲は見せる。

 悠が紹介したかった場所は、比較的街の中心地に位置する喫茶店。

 そこは女子受けがいいということで、ネット上でかなり評判だったところだ。


 悠も一度は入ってみたいと思っていたが、そんな度胸なんてなかった。

 店内を訪れる人は、女子中心やカップルが多い印象。

 悲しいことに彼女すらもいない悠にとっては、一人で入るのは修羅そのもの。


 ただ、今は違う。

 正式に付き合っているわけではないが、彼女という名の妹がいる。

 玲と一緒なら、精神的にも安泰だろう。






「へ、へえ、まあ、あんたにしては結構、しゃれた場所選ぶじゃん」


 上から目線で、玲が評価してきた。

 二人は喫茶店に入店すると、お店スタッフからカウンター席を案内されたのだ。


 休日ということもあり、テーブル席が空いていなかったらしい。

 軽く店内を見渡すだけでも、空席が見当たらなかった。

 女の人の方が比較的多いためか、店内は良い匂いが軽く漂う。


「俺さ、妹と一緒に来ようと思ってて。前々から計画を立ててたんだ。まさか、こんなにも早くに、この喫茶店に来ることになるとは思ってなかったけど」


 悠は思っていたことをすんなりと口にした。


「え? 計画? うわッ、何よ、そんな事、いっつも考えてたの?」


 右隣の席に座る玲から思いっきり引かれてしまっている。


「別にいいだろ、妹だって、お兄ちゃん日記書いてたじゃんか」

「だ、だから、もうー、やめてよ、バカッ、アホッ、そういうのはあ……」


 悠は恥じらう玲の表情を見て、可愛らしく思えた。

 そして、隣に座る妹の頭を優しく撫でてあげたのだ。


「はッ、なによ、は、恥ずかしいんだけど……そういうの」

「いいだろ。玲は、俺の妹なんだし」

「う、うん……」


 ちょっとだけ、おとなしくなった。

 玲は頭を撫でられることに弱いらしい。


「というか、少し離れてよ……」

「あ、ごめん」

「もう、何よ……う、嬉しかったんだけど」

「え? なんて?」

「な、なんでもないし。うるさいって言ったの」

「え? そんな、うるさくした覚えはなかったんだけどなあ」

「いいから、メニュー表見せて」

「はい」


 悠は近くにあったメニュー表を広げてあげた。


「……」

「……」


 二人は無言でメニュー表を見て、何にしようか考えていた。


「ねえ、近いんだけど」

「近い?」

「あんたと隣とか、嫌……なんだけど」

「なんで? さっきまで普通だったじゃん」

「……もう、は、恥ずかしいの……な、なんで、気づかないわけ……」

「恥ずかしいの?」

「はッ」


 妹は咄嗟に両手で口元を抑える。


「も、もしかして、私、何か口にしていた?」

「ああ、恥ずかしいとか、気づかないとか」

「んんッ、もうー、聞かなかったことにして、童貞ッ」

「え?」


 玲の童貞発言に、店内にいるお客から少しだけ、変な目で見られてしまうのだった。






「玲は何を頼む?」

「私は別に……お腹なんて減ってないし……」


 玲はそっぽを向く。


「そんなこと言わないでさ。俺は妹とさ、彼氏彼女のようなやり取りをしたいだけなんだけど」

「はッ……へ、変態じゃない、そういうの……キモッ」


 ジト目を向けられた。


「そういうなって、そのために、ここまで連れてきたのに」

「だから、さっきも言ったけど、仮で付き合ってるだけで、正式じゃないからッ」


 玲は不満そうに頬を膨らませている。

 が、頬は薄っすらと紅葉していた。

 本当は普通に付き合いたいに決まってる。

 妹の反応を見れば、わかるからだ。


「仮だったとしてさ、一応彼氏彼女風に何かしようよ」

「い、嫌だし……か、勝手にやってれば」


 玲はなかなかつれそうもない。

 どうにかして、妹の口から好きと言わせるべきだろうと思った。


「ねえ、俺の事、好き?」

「は? な、何よ急に」

「好きかどうかを聞いてるんだけど」

「す、好きじゃないし……」


 玲は視線を合わせてくれなかった。


「じゃあさ、好き発言をするのと、お兄ちゃん日記見せるの。どっちがいい?」

「何それ、最低……どっちも嫌だし」

「そんなの無し。どっち?」

「……」


 玲は目を白黒させている。

 考えれば考えるほど、焦っている感じだ。


「そ、そんなの決められないし……」

「そんなのダメだって。どっち?」

「わ、わかったわよ……す、好き……」

「え?」

「だから、す、好きって、言ってんじゃん、バカぁ……」


 妹は全身全霊の思い切った発言。


 玲から物凄く睨まれてしまった。

 でも、怒った顔も可愛い。

 目の保養である。

 いつまでも見ていたくなるほどに愛らしく、悠は再び妹の頭を軽く撫でた。


「もう、なによー、もういや……でも、嬉しい……」

「嬉しい?」

「違うからッ、コーヒーと、ショートケーキにするって言ったの」

「そ、そうか」


 嬉しいと聞こえたような気がする。

 まあ、そういうことにしておこうと、悠は思うのだった。

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