第2話 あの日記のこと、口にすんな…バカぁッ

 妹と付き合いたい――


 血の繋がった妹と本気で付き合いたいのだ。


 平常な神経な奴が聞いたら、ありえないとか。

 実の妹なんて選ばないとか。

 キモいとか、ストレートなセリフを言ってくるかもしれない。


 けど、付き合いたいという思いは、未だに変わっていなかった。

 他人には伝えられない情報であり、万が一クラスメイトにバレてしまったら、変な目で見られてしまうのは確実だ。

 悠は胸を撫で下ろし、自室で一旦深呼吸をする。


「ねえ……聞いてんの?」


 強い口調でかつ、恥じらう感情を交えた話し方で、玲がセリフを投げかける。

 悠のベッドに腰かけるのは、私服姿に身を包み込む、小柄な妹。玲は黒いノートを抱きかかえ、悠と視線が合うなり、ノートをサッと背後に隠す。


「聞いてるけど?」


 自室の机前の椅子に座る悠は、すんなりと返答した。


「そ、そう……で、どこまで見たの?」

「最初のところだけだけど?」

「……そ、それって、結構恥ずかしいところじゃん……でも、まだ、あのページは見られていないってことね……」


 玲は小声になっていく。

 普段なら、バカとか、死ねとか、散々なことを言ってくる。そんな妹の口から、恥ずかしいという言葉が聞けること自体、奇跡に近かった。


 それよりも、まさか、玲が俺のことを好きだなんて。

 未だに信じられていなかった。

 でも、嬉しい。


 今まで好意を抱いていた相手からの想いが心に響き、心臓の鼓動が先ほどから収まりそうもなかった。

 妹のことは好きなんだけど……好きなんだけど……いざとなると緊張するなあ……。

 悠は背徳感に押しつぶされそうになっていた。






「ね、ねえ、その……悠はさ、その……どう思ってるわけ?」

「何が?」

「だからッ、そ、その……あんたは私のこと、その……あの、恋愛的にどう思ってるのってこと」

「まあ、俺はさ……そうだな」


 悠は一度深呼吸をする。

 冷静さを取り戻してから、もう一度、妹を見た。

 玲は気恥ずかしくなったのか、サッと顔を背けていたのだ。


「俺は、玲のことが好きだけどさ」


 ストレートな物言い。


「え、ほ、本当なの……それ?」

「嘘なんてつかないし」

「へ、へえ……そ、そうなんだ……」


 玲は頬を赤らめ、一人でぶつぶつと何かを話していた。


「でも、わ、私……いつもあんたに嫌なこと言ってたでしょ?」

「俺は別にそんなに気にしてなかったけど」

「ドM?」

「そうじゃないけど。まあ、好きな妹だし、それくらいは別に気にしてなかったというか」

「そう……でも、なんか、キモ」


 妹から引かれてしまった。


「いや、玲もさ、俺のこと言えないだろ?」

「うッ、そ、それは……」


 図星を突かれた玲は、目をキョロキョロとさせていた。


「で、でも、あんたも私のこと……好きだったとか……」

「それで、どうする?」

「どうするって……あんたは何をしたいわけ?」

「俺か?」


 付き合いたい。

 でも、そんなことを言ってもいいのか?

 迷う必要なんてあるのか?

 玲だって、俺のことが好きなんだ。

 告白してもすんなりと受け入れてくれるだろう。


「俺さ、玲と付き合ってみたいというか」

「は? ほ、本当に付き合うの?」

「え? 違うの?」

「ち、違うっていうか……その……」

「でも、お兄ちゃん日記には、手を繋ぎたいとか」

「は、は⁉ ば、ば、バカ、バカ、そ、そういうのは口にしないでッ」


 玲が慌てふためいている。


「もうー、な、なんで、そういうこと言っちゃうのかなあ……」


 妹は動揺し、頬を含まらせながら、睨んでくるのだ。






「か、仮によ。仮に、付き合うとして何するの?」

「普通にどこかに遊びに行ったりとか、そんな感じでいいんじゃないか?」

「い、意外と普通なんだね、あんたは」

「え? じゃあ、何を期待してたんだ?」

「べ、別に? 何もそれでいいんじゃない?」


 玲の様子はどこかおかしい。


「まあ、私は普通でいいし。というか、仮にって話で、つ、付き合うわけじゃないし……」

「……付き合うとしてさ。どこかに遊びに行く感じでいいってこと?」

「そ、そうよ」

「でも、日記に書いてあったことはしなくてもいいのか?」

「そ、それはいいのッ、ばか、死ね、童貞ッ」


 妹は頬を真っ赤に染め、力強い口調での悪口のオンパレード。最後の童貞というセリフには、心を痛めそうになった。

 何とか、心に余裕に持たせつつ、耐久したのだ。


「付き合うんだったら、あの日記に書いてることでもいいんだけど」

「し、知らないし、あんなノートなんか……」


 妹の恥じらう姿は最高に愛らしかった。


「な、なに? じろじろ見て……き、キモいんだけど」

「可愛いと思って」

「は、は⁉ ば、バカじゃないの」

「でも、嬉しそうだけど?」

「んん、違うし。嬉しくもないんだけど」

「そうか?」

「……あんたに、あのノート見られたって考えるだけで気分最悪……」


 そんなことを言いつつも、妹の口元が緩んでいることに、悠は気づいていた。


「でもさ、俺は日記を見れてよかったよ」

「なんでよ」

「だってさ。今まで本当に嫌われてると思ってたからさ。玲の気持ちがわかって、なんかさ。嬉しいよ」

「フン、じゃ、じゃあ、良かったんじゃない、私からしたら最悪だけど」


 彼女は顔を合わせてはくれなかった。

 しかし、声のトーンは先ほどより、高くなっているような気がする。

 心のそこでは嬉しいと感じているに違いない。


「まあ、一応ね。仮に、付き合うってことにするから。わ、わかった? 仮にだから、正式じゃないからッ」


 玲は素直じゃない。

 昔から同じ屋根の下で生活してきたのだ。

 それくらい、なんとなくわかった。

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