三 踊場

 黒に白に縞にブチ……猫の種類はさまざまであるが、皆、頭には手拭いをかぶり、ニャーニャー騒ぎながら狂ったように踊りまくっている。


 どうやら、上まで聞こえてきていた猫の声はこれだったようだ。


 その猫達のダンスを盛り上げているのは、ステージの上で三味線を弾いているやはり猫だ。赤と黒のシックな着物を纏い、やはり手拭いを頭に乗せた白い猫で、津軽三味線のようにベンベン、ジャカジャカ…とバチで弦を激しく掻き鳴らしている。


 また、その両どなりではドラムの如く太鼓や木魚、ドラなどを叩きまくる猫と、ダイナミックに尺八を吹き鳴らす猫もいる……どうやらバンドの役目をこの猫達は果たしているらしい。


 さらには壁際にバーカウンターみたいな所もあり、干した小魚や鰹節、さらには焼き鳥までをも売り子の猫が客の猫に振る舞っている。


 加えてバーテンダーみたいな黒猫もおり、その猫がグラスに注いだお酒らしきものをペロペロ舐めて談笑する猫さえいる……。


「……そうか。ここは高級クラブじゃなくて、〝クラブ(※ギャル的な発音で)〟だったのか……」


 猫バンドの演奏に合わせて踊り狂う猫達を目にし、僕はその事実にようやくして思い至る……て、そんなことよりも、もっと注目しなければならないことがあった!


「な、なんじゃこりゃあぁぁ!? な、なんで猫が立って踊ってるうぅぅぅ!?」


 思わずあげそうになった大声をひそめ、それでもその疑問を僕は口にする。


「ば、化け猫……いや、猫又か? ああ、そういえば手拭い……」


 ドレスコードなのか? 皆が頭にかぶっている手拭いを見ると、僕の脳裏にはある古い絵が浮かびあがる。


 それは、江戸時代に描かれた妖怪の絵で、〝化け猫〟あるいは〝猫又〟と呼ばれる尻尾が二股に分かれた猫達が後脚で立ちあがり、陽気に踊りを踊るような仕草をしているものだ。


 猫は年をとると、そんな妖怪になるものだと古くは云われていたらしい。確か10歳を過ぎると尾が二つに裂け、二本足で立ったり、人の言葉を話すようになったりするんだったか……。


 よく見れば、どの猫も尻尾が二股に分かれているようだし、これはもう年老いた猫の妖怪に違いない。


「……ん? 年をとると? ……ああっ!」


 その化け猫や猫又のことを思い出し、改めて会場を見渡した僕は、またしてもあげそうになった声を直前でなんとか飲み込んだ。


 なぜならば、そこにいる猫達の中には、見憶えのある顔の猫もチラホラ混ざっていたからである。


 まず、舞台で三味線を弾き鳴らしているのは「スナック伊勢屋」で買っている白猫の〝いでの〟のようだし、そのとなりで太鼓を叩いているのは「龍造寺」のペット、シャム猫の〝又七〟に似ている。


 また、バーカウンターで売り子をしているのは「焼き鳥の草刈」に居つくキジトラ猫〝キヨ〟のように見えるし、お酒を注いでいる黒猫は「越後屋」のミョウタみたいだ。


 いずれも10歳以上の高齢であったように思う。


 ここにいるのは、どうやら商店街に住む年老いた猫達であるらしい……。


「ん? ちょっと待てよ? ってことはもしかしたら……ああ! やっぱり……」


 それに気づいた僕がさらに会場を隈なく見回すと、案の定、その中には僕のうちのセンリの姿もあった。


 やはり頭に手拭いをかぶり、尻尾を二股に分かれさせると、ピンと後脚で立って踊っている……だが、他の猫に比べてダンスはあまり上手くないようだ。


 センリが10歳になったのはつい最近のことだ。つまり、この化け猫の集団の中では新入りの若輩者。だから、直立二足歩行にはまだ不慣れなのかもしれない……。


「そうか。それでおまえは最近……」


 なんともとんでもない真実にたどり着いてしまったが、僕はセンリが夜遊びを再開したその理由を、図らずも踊る猫達のその姿に知ることとなったのだった。


「なるほど。犯人はおまえ達だったのか……」


 それに、わかったことはもう一つある……センリのものをはじめ、猫達が頭にかぶっている手拭いには僕のコレクションらしきものがいくつか見受けられる……センリのやつ、新人…いや新猫だから気に入られようとして、先輩達に僕のコレクションを配りやがったな!


 いや、手拭いばかりではない……あのバーカウンターで振る舞ってる焼き鳥も「草刈」さんとこのものっぽいし、あのお酒だと思ったものも、もしかして「越後屋」からくすねた調理用油なんじゃないか? 「化け猫が油を舐める」って話も聞いたことあるからな……。


 それに、〝いでの〟らしき白猫が弾いている三味線。あれがスナック伊勢屋で聞かれる怪音と考えれば納得がいく。


 商店街で起こっている不可思議な出来事は、すべてこの猫達の仕業だったのである。


「……? 今度はなんだ?」


 すべてが繋がり、なんだか胸のつかえが取れた思いの僕であったが、その時、俄にニャー! ニャー! ニャー! ニャー…! と猫達の鳴き声がよりいっそう激しさを増す。


 と、ステージ上の猫バンドも演奏に合わせて「ニャニャニャン、ニャニャニャン、ニャニャン、ニャン…♪」とどこかで聞いたようなメロディを歌い出し、ステージの両袖から新たにダンサーの猫達がわらわらとホールに溢れ出してくる……。


 そして、そのダンサー猫達が交差して再び左右に分かれると、視界の開けたホール中央には、いつの間にやら一匹のド派手な猫が立っていた。


 スパンコールゴールドの着流しと手拭いを身に纏ってはいるが、それもおそらくは僕の知っている猫だ。


「あれは、加茂屋のマツケン……」


 そう。それは〝加茂屋〟という米屋の三毛猫、マツケンに違いない。


 やがて、猫バンドの奏でる軽快なサンバのリズムに乗せて、ダンサー猫達の「ニャーニャー、ニャーニャー、ニャニャニャニャニャン! マツケン、ニャニャニャ〜♪」という大合唱が始まり、センリや他の踊る猫達も狂喜乱舞して今夜一番の盛り上がりを見せる。


「……今、しっかりマツケンって言わなかったか?」


 ……カオスだ……完全にカオスである……僕はいったい何を見せられているのだろう?


 先程は謎が解けて納得したような気分になったが前言撤回だ。最早、商店街で起きている些末な怪現象などどうでもよく感じられる……こんな非常識であり得ない現象をどう納得しろというのだろうか?


 夢ともうつつともわからぬその光景を呆然と眺めている内にも、マツケンのショーが終わってホールには一瞬の静寂が訪れる。


 と、その時だった。


「ちょっと待つニャ! なんだか人間の臭いがするニャ!」


 今度ははっきりと人語を喋り、そんな大声をあげる猫が現れた。


「確かに……どこかに人間が入り込んでいるニャ!」


「捜すニャ! 見られたからには捕まえて食べるニャ!」


「そうニャ! 通な化け猫は人間の腕や足をガリガリかじるニャ!」


 すると、会場は俄に騒がしくなり、中には恐ろしいことをさらっと口にする猫までいる。


 ……しまった! 気づかれた!


 僕は慌てて踊り場から顔を引っ込めると、じりじりと後退りし始めた。


 こういった場合、目撃してしまった者を生きて帰さないのがセオリーと相場が決まっている。


 相手はどう考えても妖怪であるし、捕まればあの「草刈」の焼き鳥の如く、彼らのパーティーを飾るメインディッシュとして振る舞われる可能性は想像に難くない。


「……やばい……に、逃げよう……」


 ニャーニャーと再び猫の声が騒がしく木霊こだまする中、僕は静かに階段を登り切ると引戸を元通りに閉め、転がるように店を飛び出した後は全力疾走で家へと逃げ帰った──。

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