二 尾行
「…………いた!」
勝手口を出て周囲を見回すと、裏通りから回り込み、隣家との間の狭い隙間のような路地に入ってゆくセンリの姿が覗える。
急いで…だが、足音に気をつけながら僕もその隙間を表通りの方へ抜けると、誰もいない深夜の商店街を、てってってって…と一人…いや、一匹向かってゆくセンリの影が目に映った。
街灯の冷たい光にぼんやりと照らされる、人っ子一人いない静かな商店街……昼間とは一変した見慣れないその景色の中を、時折、辺りを警戒しながらセンリは黙々と進んでゆく。
けして気取られないようかなりの距離をとり、そのまま探偵の如く尾行を続けながら、僕はセンリの行き先について推理する……。
このまま商店街を奥へ抜けると、突き当たりには「龍造寺」というお寺がある。
よく〝猫が集会を開く〟などと言われるが、前に一度、そのお寺の境内でたくさんの猫達が
ああ、そうそう。ここの商店街の特色の一つとして、〝猫が異様に多い〟ということもある。野良猫ばかりでなく、うちのように猫を飼っている家もけっこうな数あるようだ。
それに、どうやら猫達の平均寿命も高いらしく、他のとこに比べてやけに長生きな猫が多いようである。話を聞くと、うちのセンリのように10歳を超える老猫もザラにいるみたいだ。
そんな感じに猫達の多い町だけあって、集会も頻繁に行われているのだろうか?
「……あれ?」
そう考えながら後を追う僕だったが、予想外にもセンリは「龍造寺」の前でくるっと90°左に曲がり、そこにある店の中へ平然と入って行ってしまう。
「馴染みの店なのか? どこの店だろう……?」
最近、餌でももらいにその店へ通いつめていたのだろうか?
その可能性にも思い至りながら僕も静かに歩み寄ると、そこにはなんだか見たことのない、怪しげな店が一棟立っていた。
薄暗い深夜の商店街に、ピンクと紫の中間色のようなネオンの光で「会員制クラブ オードリーBAR」という店名が妖艶に輝いている……。
クラブなのになぜBAR? とツッコミを入れたくなるような店名ではあるが、店舗自体は黒い真っ四角の箱のような形をしており、見た目は確かにオシャレな高級クラブといった感じだ。
しかし、この商店街にある店はすべて把握しているつもりなんだけど、このバーだかクラブだかは見たことも聞いたこともまるでない。こんな店、今まであっただろうか?
ひょっとするとつい最近できた店なのかもしれないが……その両どなりにあるのはよく知っている店で、ここにそんな新しい店を建てるような場所、なかったように思うんだけど……。
それに、他の店は完全に寝静まっている真夜中だというのに、なぜかこの店だけ明かりが灯っている……まだ営業中なのだろうか?
明らかにセンリはここへ入って行ったはずなのだが、入口のドアはすでに閉まっている……どうやって入ったのだろう? とよくよく見てみると、ドアの下の方には小さな猫用の出入り口も付いているのがわかった。
クラブという業種のわりに、なんだか妙に猫に優しいお店のようである。
「店員が猫好きで、寄ってくる猫に餌をあげてるとか?」
そんな予想をしてみる僕だったが、その瀟洒な入口のドアの上には「完全会員制
猫には優しいが、どうやら人間には厳しい店らしい……。
これではお客として入れてもらえそうにないが、それでもなぜセンリがここへ入って行ったのかを、どうしても僕は確かめてみたくなった。
そこで、おもいきってドアノブに手をかけると、僕はゆっくりその扉を静かに開けてみる。
「おじゃましま〜す……あれ?」
そして、ひそめた声で断りを入れながら中へ入ると、意外にも店内はガランとしていた。
飾り気のない店内にはよくあるカウンターやテーブル席があるが、客はおろか店員も誰一人としていない……ここへ入ったはずのセンリの姿もだ。
「おかしいな……鍵はかかってなかったから、店はやってると思うんだけど……ん?」
誰もいない静かな店内を見回しながら訝しげに首を傾げる僕だったが、その時、どこからともなくベン、ベン…と弦を弾く三味線の音が聞こえてきた。
「これって、スナック伊勢屋で起きてるっていうあの……それに、この声……」
その音を聞いて、商店街でウワサされる怪異のことを思い出した僕の耳に、今度はどこか遠くで響き渡る猫の鳴き声までもが聞こえてくる……それも一匹や二匹ではなく、ニャーニャーとたくさんの猫が騒いでいる感じだ。
でも、喧嘩とか威嚇しているようなものではなく、さりとて
店員もいないことをこれ幸いに、その音と声がどこから聞こえてくるのか? 僕は空っぽの店内をあちこち探してみる。
「……あ、これだ!」
すると、本来なら店員しか入れないカウンターの裏側、その奥に謎の引戸のあることを僕は発見した。
床から1mもない小さな引戸で、しかも少し隙間が空いている……耳を澄ますと、どうやらこの引戸の中から音は漏れ聞こえてきているようだ。
「もしかしたら、センリもこの中に……失礼しまーす……」
ここまで来たらもう確かめないわけにはいかない……幸い見咎める者もいないし、どうにも気になって仕方のない僕は、思わずその引戸に手をかけて開けてしまった。
開けた瞬間、三味の音と猫の声がそれまでよりも大きくなる……やはり、この引戸の中から聞こえてきているようだ。
「……よ、よし」
多少、恐ろしさも感じるが好奇心の方が優り、僕は四つん這いになると意を決して、その引戸の中へと入って行った。
引戸を潜るとすぐに狭い階段となっており、やはり天井も低いその薄暗い階段を、僕はゆっくりと音を立てずに下ってゆく……下るにつれてますます音と声は大きくなり、見えてきた踊り場の向こう側からはやけに明るい光が溢れてきている。
「光? 秘密の地下室でもあるのか? ……っ!?」
疑問を感じながらも踊り場までたどり着いた僕は、その180°曲がった先にある光景を目にして思わず愕然とする。
そこは、ホテルの大広間ほどもある広くて天井も高い空間になっており、いくつものスポットライトで明るく照らし出されると、ミラーボールまでが回転している……。
そして、そのクラブやディスコを連想させる煌びやかな空間の中、たくさんの後脚で直立する猫達が浮かれ騒いでいた。
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