猫踊り
平中なごん
一 異変
「──母さん、この前、僕の買って来た手拭い知らない?」
丁場との境にかけられた暖簾を上げ、店番をしている母さんに僕は尋ねる。
僕のささやかな趣味として、旅先などで気に入ったものを見つけては買い集めわている、手拭いのコレクションの一本がなくなったのである。
「手拭い? そんなのお母さん知らないわよ。どっかにしまい込んじゃったんじゃないの?」
だが、尋ねる僕に商品棚の掃除をしていた母さんは、面倒くさそうな顔でこちらを振り返ると、考える間もなくそう即答する。
「おかしいなあ……ほんと、どこいっちゃったんだろう?」
その答えに僕は眉を「へ」の字にすると、訝しげに小首を傾げながら廊下を部屋の方へと戻っていった。
手拭いがなくなるのはこれが初めてではない……最近、僕のコレクションが一本、また一本と日毎にどこかへ消え失せてしまい、いくら探しても見つからないのだ。
この手拭いの紛失ばかりでなく、僕の周りでは不可思議な出来事が、人知れず密かに起きているようだ……。
僕の家は神奈川の横浜近くにある商店街の、その片隅に建つ「戸塚商店」という醤油屋だ。
ちらほらと不思議なことの起こっているのは、僕の家も含むその商店街においてである。
例えば、「草刈」という焼き鳥屋さんでは仕入れた鶏肉がいつの間にか消えていたり、和菓子屋の「越後屋」さんでは調理用の油の減りが異常に早かったり、スナック「伊勢屋」ではどこからともなく三味線の音が聞こえることがちょくちょくあったり……。
その一つ一つはいたって些細なものではあるし、もしかしたらただの偶然や思い違いなのかもしれないのだが、それがこうも重なってくるとなると、なにやら不気味なものをそこはかとなく感じたりなんかもする。
そんな得体の知れない空気の漂う中、また一つ、奇妙な出来事が起こった。
うちで飼っている老猫のセンリが、夜な夜ないなくなるようになったのだ。
いや、家には自由に出入りできるようにしているので、もちろん若い頃にはそんなことも日常茶飯事だったのであるが、年をとってからは家に篭りきりで、ここしばらくは昼間に外出することすらとんと見かけなくなっていた。
ところが先日、10歳の誕生日を祝ってやった頃からだったろうか? なぜかここへきて、そんなセンリの夜遊びが復活したのである。
センリは白に黒のブチのオス猫で、若い頃こそスラっとした筋肉質の細身であったが、今はぶくぶくに中年太り…いや、老年太りして皮もだるだるの老猫だ。そんな夜毎遊び歩くような元気もないと思うのだが……。
なぜだかなくなってゆく手拭いのコレクション同様、このセンリの変化についてもなんとなく疑問に感じていたある夜のこと。
ふと、トイレに起きた僕はセンリが外へ出て行くのを偶然見かけた。
障子の陰に隠れて見守っていると、センリはキョロキョロと首を振って辺りを確認した後、物音を立てないよう細心の注意を払いながら、勝手口にある猫用のドアを潜ってこっそり出かけてゆく……まるで、僕ら家人に見つかることを警戒しているかのような感じだ。
その、なにやら隠し事でもありそうな様子を眺めていると、毎晩、いったいどこへ出かけているのか? 無性にそれを確かめてみたい衝動に僕は駆られた。
そこで僕は少し待ってから、やはり物音を立てないよう静かに勝手口のドアを開き、こっそりセンリの後を追ってみることにしたのである。
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