第2話 神父の話


私はこの素晴らしい救いの場で、神父をしている。

セザール・ヴァクトマイステル。僕の名を知らない者は、この辺りでは居ないだろう。

困った事に、あまりいい噂で広まってはいないようだけれど。


朝は神様にお祈りをする。それが規則だから。

そのあとは、日中の活動に入る。

資金集め、慈善活動、信者を増やすための布教、武装や薬の調達。

やる事はたくさんある。


「おはよう、リベラ。今日は随分と支度に準備がかかっているじゃないか」

「ちょ、セザールさん流石に乙女の部屋にいきなりノックもせず入ってくるのは無神経すぎますってまだ着替えがあああ私の下着がうわああああ!」

「今日も元気だね」


住み込みでメイドとして働いている彼女は、いつもこの調子だ。明るくいつも調子がいい。

全く、僕の"甥"もこれくらい愛嬌があればいいのだが。


「元気だね、じゃないわ!!もうっ」

「その長い髪の毛に時間をかけるのはいいけど、朝の掃除は早めに終わらせてくれよ」

「三つ編みは外せないんですよ。私のチャーミングポイントなのでね」


誇らしげな顔で丁寧に長い深紫の髪を編み込んでいく。

下着姿のままでも、もはや見られることに慣れているのか、動揺することをやめたらしい。


「それにしてもセザールさん、相変わらず女性の裸とか見ても何も感じないんですか?」

「私は恋愛をした事が無い。それに、猿のように盛っている彼とは違って人と性行為をした事がないんだ」

「やっぱ変わってるなあ。でも私としては安心です、屋根の下で男性と共に暮らしているわけですからね。」

「クロードも君のことをレイプしようとはしないからね」


年頃の女性にとって、特に女性を狙って襲っては殺し、死体を性玩具として扱う、クロードの方が恐ろしいであろうことは確かなはずなのだ。

何故かあの子は、メイドの彼女にだけは手を出さないが。


ーーあの時みたいに、自分に近しい女性を傷つけることを恐れているんじゃないか?

だとしたら面白いものだ。

まだあの画家に対して未練があるというんだろうか。

ならば、

僕には到底、理解が出来ない。

いずれまた、こちらから何か仕掛けるのもいいかもしれない。


「しかし君、髪を編まない方が可愛いんじゃないかな」

「え!あのセザールさんが女性の容姿に関心を持つなんて!」

「思ったことを口にしただけだが、気に障ったかい」

「そういうわけではないですんですけど…まあ、いいです。良い歳して天然すぎますよ」


あの子は、髪の長い女性は嫌いだそうだしね。



ーーーーーーー


今日は3人のノルマがあった。

だが、出来なかった。腕が鈍ったか?

まさか。最凶の殺し屋と言われる僕が。


薄汚い、幼い少年。3人目の予定にした。

適当に食べ物をあげるよ、だなんて嘯いて暗い路地へと連れ込んだ。

拳銃で一発、簡潔に終わらせようとした。

「助けて、ください」

銃口を頭に突きつける。

カチ。カチャリ。

カチャ。

カチャ。


どうして?何故?何でだ?

弾も入ってる。

引き金が、引かれなかった。

いや、最初から引き金など引いていなかったのかもしれない。

何故だったのだろう。時々起こるこの現象は、一体。



「僕の言うことを聞けないのか、クロード」


死体の一部を持ち帰ったが、当然"一人分"足りない。

叔父さんは注射器にせっせとそれを入れ込む。

脳みそが溶かされる。いやだ。

まただ、この人と暮らし始めてからはずっとこうだ。

嫌だ。

嫌なのに求めてしまう自分も、嫌だ。

とはいえ正直、そんなのはもう建前でしかない。

この人に強要されなくとも、違法ドラッグなんて17の時からは自主的に常用している。

心底、ダメだなと思う。

僕は。


「とはいえ、薬じゃ罰にならないね。やめにしよう」

「え、あっ、 はあ、は、」

動揺する。呼吸が乱れる、息が切れる。

罰を受けるのだと察知した僕の脳、薬中スイッチは既にONの方に入っているらしい。手が震える。薬が欲しい。

最近はめっきり体罰ばかりでつまらない。もっとゾクゾクするものはないのだろうか。薬、薬薬薬薬薬、ヘロインで頭を溶かしたい。ヘロインヘロインろいろ、へ、ん、へろい、


ーーああ、この人わざとなのか。

僕が薬が欲しくて縋り付くのを、楽しんで見ているんだ。

これが罰だ。

だって、今日はちゃんと目が笑ってる。

いつもの張り付けたような笑みじゃない、本当に愉しい時の顔をしている。


「セザールさん、ドラッグが欲しいです、さあ血管にぶっ刺してください、早く、どうしたらくれますか」

「何を言ってるんだいクロード、呂律が回ってないよ。ちゃんと言ってくれないかい」

「え、あ、ろれ、あれ、あえ」

自分ではちゃんと喋っているつもりだが、喋れていないらしい。

いや、これも嘘か?いつもの如く僕を騙しているのだろうか。そんな事はどうでもいい。


「く、くすり、ください」

「今の君を見たら、絵を描くのが好きだったあの子は悲しむだろうね」

「やめ、うあ、あぁぁ」

膝から崩れ落ちて頭を抱える。あの人の話は聞きたくない。

ああ、僕の中の何かが溶けて蕩けてダメになっていく。

君があの絵の中だけでも、僕に笑いかけてくれたら。


「君はまたあの子の真似事で絵を描いたりはしないのかな。モデルはメイドの彼女でどうだい」

「あの女だけは…受け付けない。嫌いだ…嫌いだから、絶対にあんなやつは描きませんよ」

「君は本当に、嘘が」

何か言いかけて、叔父さんは出かけた言葉は飲み込んだようだった。

「あ、は、あ…早く早く効いて効いてきいて、」



準備が整ったので、腕にその注射器をぶっ挿してやった。

ほら、餌だよ。君が大好きなものだ。




『だからダメなんだよ』

『お前は家族すら守れない』

「相変わらず私がお好きデスね」

幻聴が今日もうるさい。

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