第3話 人の形をした悪魔
この町で育つ子供の多くは、大半が幼いうちに命を落とす。そして地域には学校が無いので、当然教養も得られない。
路地で暮らす親のいない子供、いわゆるストリートキッズも多く存在している。
ここは貧民街"ダスト"。
治安が悪いから、危ない噂だってたくさんある。
「どんなうわさ?」
お前みたいな小さい子供を攫う変態もいるし、お金や食べ物を盗む悪い人もたくさんいる。
あとは…
「人間の血肉を食らう悪魔、とかな」
「ひっ」
「怖けりゃ早く行ってくれ」
僕に興味を示したその子供は、口元から覗く鋭い牙を見るなり一目散に走り去っていく。
それでいい。やっと、居なくなってくれた。
何故だか、昔から小さい子供によく好かれる。
こんな乞食のような身なりで、汚らしい低い声で、穢れた体で、僕の何に惹かれるというのだろう。
" あなたの心を見てるんじゃないかな "
いつかの記憶が蘇る。そんな風に声を掛けられた事があった。
ああ、嫌だ。
これだから、人と関わるのは嫌なんだ。
僕はこんなに冷たくて残酷な人間なのに。
ここらじゃ有名なその人喰い悪魔とやらは、まさしく僕、フランの事だった。名は名乗らないから知られていない。
もはや警官すらも僕に近付きゃしない。
大人しく牢獄にでもぶち込まれて、鎖に繋がれていたい。そうしたら誰も食べずに済む。
そう考えたことも何度もあった。
だけど、無意味だった。
気付けば、"もう一人の自分"がいつの間に鎖も壊して、牢から逃げ出してしまっている。
また意識も記憶も無いうちに僕が誰かを殺している。
何かを、破壊している。
手の施しようがない化け物なのだ。
自分ですら、自分を制御できない。
僕が本当にただの人から悪魔に成り果ててしまったというのなら、こんな間抜けな悪魔はいるんだろうか。
誰が、何が僕を止められるのだろう。
考えを巡らせては、溜め息をつく。
僕が死ねるのはいつだ。何年後になる。
何十年、何百年…考えれば気が遠くなる。
死にたい。息が止まればいいのに。
いや、いっそ誰か殺してくれ。"死ねる方法"を教えてくれ。
飽きるほどにそれだけを考えて、今日も生き続けている。
僕の生きる意味とは、死ぬ方法を探すことだ。
こんなに嫌だと思っていても、不思議とお腹は空く。
悔しい。やるせない、情けない。
食べなくても生きていけるのならーーいや、どうせ生き返るのなら餓死したって構わないーーなのに、どうしてこんなにお腹は空くのだろうか。
人間を欲しているのか、食べ物を欲しているのか、自分でもよくわからない。
でも、通りすがる人間を見ても食べたいとは特に思わない。
少なくとも今、この状態では何も感じない。
平和な匂いだ。
血の匂いは、本能が肉を欲しているような感覚に襲われる。
だから、大嫌いだ。
牛だろうと豚だろうと鶏だろうと、それは一緒だ。最近はもう、動物の肉自体が受け付けない。
だけどそんな肉を美味しそうと思う自分も居る。
本能、本能。
ベジタリアンになれたなら、どんなに良かっか。
「…ま、どっちみち僕のご飯は草ばかりだけど」
飢えを凌ぐために、雑草をそのまま口にする。
キノコもよく食べる。
毒とかどうとか、どうでもいい。
だって、どうせ死なない。ちょっと苦しいだけだ。
そんなことよりも、不味い。美味しくない。
まともな物を食べるにはお金が無い。一昨日、体を売って稼いだ小銭も底を尽きた。
遠い遠い昔、あの男と一緒に住んでいた頃が懐かしい。
僕は毎晩、性奴隷としてあの変態に犯された。おかげさまで今じゃ立派な売春婦だ。テクニックは申し分ない。
そんな中でも毎日少し冷めた美味しい食事は出たし、清潔な寝床があって、入浴もさせてもらえた。
あの生活に焦がれてしまう自分が、気持ち悪いと思う。
死なないんだから別にいいだろう、と言われればそれまでかもしれない。
だが元はといえば僕も人間だったわけで、どうしたって人間らしい普通の生活に少し夢見てしまう。
「汚らしい」
道行く人が僕に言葉を吐きかける。唾も吐きかけられた。
地面に座り込んで、雑草を食べる男。なんて哀れで醜いんだろうか。
そう、僕は汚らしいんだ。気持ち悪くて醜くて、罪を犯し続けて生きている。人を殺さずには生きられない。
僕はきっと化け物だし、もう人間ではない。
だから、どうか誰も近寄らないでいて。
誰かを食べてしまう前に、僕の前から失せろ。
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