理由

 例の病気の特効薬の開発から少し遅れて、一つの事実が公表された。この病で死んだ人間の身体をある特殊な方法で加工すると、様々な病を癒やし、不老不死になれる秘薬が作れるということ。どうしてそんな発見がなされたのかわからないが、効果は確かなものだそうだ。


 今はそれから四半世紀ほどが経っている。話を聞きつけた大金持ちたちがこぞって秘薬を求めているが、需要に供給が追いついていない。


 理由は簡単。特効薬は簡単に手に入り、値段もべらぼうに高いというわけでもない。それを一ヶ月間きちんと服用すれば、病は完治し確実に助かる。特効薬を一度でも飲んでしまうと、もう秘薬の材料にはなり得ない。


 そう、お金と命を天秤にかけられて、薬を飲ませてもらえなかった子供がその秘薬の材料。そんな可哀想な子供たちは、とんでもない値段で買い取られる。具体的には、多くの患者が寿命を迎える十七歳の平均体重と同じ重さの金……今はその倍近い価値になってしまっているらしい。


 だからぼくの両親も、ぼくの身柄と引き換えに莫大なお金を手にした。そして彼女の母親もまた。きっと今頃は、見知らぬ土地で暮らしていることだろう。子供を秘薬の材料に差し出し、大金を手にしたことが明らかになってしまえば、おそらく二度と陽の下は歩けない。平穏に暮らすためには、今までの生活は一度捨てる必要があるということだ。


 適切な治療を受ければ確実に助かるはずの少年少女の命と引き換えに作る薬。倫理も何もあったものじゃないから表向きは禁ずる国も多いなか、ここは世界でも類を見ない国立の製造プラント。


 山奥にひっそりと佇み、可哀想な子供達を大切に囲い、見送って。今日も秘薬を作り続けている。明らかに後ろめたいものなのに、なぜか誰からもどこからも非難されない。その理由は推して知るべし、だ。


 子供たちはここにきた時点で戸籍からも抹消され透明な存在に変わり、名前を失って、必要がある時は番号で呼ばれる。最初からそんな子はいなかったのだから、どうしようが別段問題はないという屁理屈だ。死因は病死でなければならないので、自死を防ぐために全てを管理され、事実を受け入れられないものは直ちに鎮静される。


 ぼくは選ばずに済んだが、この施設の居住棟が普段は水を打ったように静かだったのは、ここにいるほとんどの人間は眠ったままで過ごしているから。


 生きた証も、未来も、名前さえも。何もかもを奪われても平静でいられる人間なんて、そうそういないのだろう。でも、ぼくには最初から何にもなかった。だから平気だった。ただそれだけのことだ。だけど。


「明日は雨が降りますように」


 いつしか、床につくときはいつもそう祈るようになった。晴れ続きの最近はお互いに体調がすぐれず、会うことができない日が続いていた。たまに歌が聞こえてくれば、歌で返す。そうやってようやく繋がっていた。


 でも、雨さえ降ってくれれば、また起き上がれるかもしれない。起き上がることさえできれば、また会える。だから。

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