告白
雨が降った。身支度をしてもらった後、補助員さんにお願いして、いつもの長椅子のところに連れて行ってもらった。少し待っていると、彼女が隣に座らされたことに気がつく。いつもの挨拶を交わしたけど、今日の彼女は少し様子が違うようだった。理由はなんとなくわかっている。ぼくと彼女は同じ運命を背負っているからだ。
しばらく黙って雨の音を聞く。何かを言わなければと思ったけれど、先に口を開いたのは彼女だった。
「最後に君に会えてよかった。歌を褒めてもらえて、可愛いっていっぱい言ってもらえたこと、お世辞だってわかっててもすごく嬉しかった」
「……本心だよ。君は可愛い」
手を伸ばし、探り当てた頬はあたたかい涙で濡れていた。親指で唇をなぞると、細く漏れる息がかすかに震えている。
「君のことが好き」
「ぼくもだ」
たまらずに彼女の唇を塞ぐ。初めての経験だった。甘酸っぱいとはよく言うけれど、あきらかに涙の味。そのまま舌を入れると柔らかく受け入れられて気持ちがどんどん昂る。欠けた前歯に舌が引っかかるたび、彼女と確かにつながっているという喜びが駆け上がってきた。
甘いうめきとともに、回された腕に力を込められる。ぼくも力を込めると、服越しでも鼓動が重なっていくのがわかった。胸の熱さに溶けて崩れそうになりながら、舌を、指を絡ませて。
きっと周りで大人たちが見てるけど、そんなことに構いはしなかった。お互いの目はかすかに光を感じるだけの器官になってしまっているから、触れるもの、聞こえるものがすべて。ぼくの世界にはもう彼女しかいない。
ずっとずっとこうしていたい。このまま、ひとつになってしまいたい。そう思った時、背中を小さく叩かれ、はっと我に返った。同時に身体を強く押し返される。
「ちょっと、やめて」
「ごめん! 無理やりこんな、どうかしてた」
「違うの。嫌じゃない。ちょっと休憩させてほしいだけ」
「あ、う、うん。わかった」
耳を澄ませると、彼女の息が荒くなっていた。急に恥ずかしくなり、顔を背ける。お互いに見えていないのにという感じだけど、今までの癖はそう簡単には抜けない。
それにしてもぼくは。一度冷静になってしまうと耳まで熱くなったけど、息が整ったらしい彼女にそっと抱きつかれたので、そのまま額を合わせて笑い合った。
できることならこのまま部屋に連れ込んで、これ以上のことをしたかった。もっともっと深いところで繋がりたかった。でも、お互いに立ち上がることさえままならないから、諦めるしかなかったけど。似たようなことを考えていたのか、十分に幸せだよとつぶやいて彼女が笑ったから、ぼくも幸せだった。
その後も会うたびに何度も唇を重ねて、抱きしめあった。ぼくたちには、きっとこれから来る夏は越えられない。だから残された時間は、少しでも長く繋がっていたかった。
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