逢瀬

 それからは、雨が降るたびに廊下の長椅子に並んで座り、日が暮れるまで、もしくはどちらかが疲れるまで一緒に過ごした。ちょうど梅雨入りをしたので毎日のように空はぐずついていたけど、ぼくらにとっては好都合だった。


「おはよう。今日もいい天気だね」


「ほんと、いい天気だ」


 すっかりお決まりになった挨拶を交わす。今日も早朝から土砂降りの雨だった。


 そういえば、今日の彼女は長い髪を綺麗に編み込んで、きらきらとした髪飾りをつけている。いつもはうしろでひとつに束ねているか、流したままかのどちらかなのに。もうかなり手先が動きにくいだろうにいったいどうやったんだろう。首を傾げたぼくに、彼女が笑顔で答える。


「髪ね、お願いして編んでもらったんだ」


「なるほどね、よく似合ってる。可愛いよ」


 ぼくが言うと、いつものように頬を染めてうつむく彼女。何かを言えばいちいち赤くなるものだから、最初は面白半分だったけど。会うたびに褒められそうなところを探すうち、いつのまにか心からの言葉に変わっていた。


 あるときから爪先を彩り、またあるときからは薄い化粧を施して。男のぼくには必要がなかったから知らなかったけど、補助員に頼めばこういうこともやってもらえるらしい。こちらは、たまに散髪や爪切りをお願いするくらいか。


 ぼくは手のひらをゆっくり開き、飾り気なんかあるはずもない自分の爪を見る。そろそろ切らないといけないと感じる長さだけど、もし塗るとしたらこのくらいがいいのかな。


「ぼくも塗ってって頼んでみようかな……いや、変か」


「ううん、最近は男の子でもメイクやネイルするの流行ってるよ。君はかっこいいから、映えるかもね」


「そ、そんなものかな……」


 不覚にも、今度はぼくが熱くなった。なにせ、女の子から『かっこいい』なんて言われたのは初めての経験だったから。彼女は照れて目を泳がせるぼくを見てコロコロと笑い、ぼくも釣られて笑う。


 ひとしきりお喋りをした後、彼女が歌い、ぼくも一緒に歌う。楽しい歌もあったけど、世の中の理不尽を歌う歌、または悲しい恋の歌。どれもこれも今の自分に重なる。彼女の歌う歌は、全て完璧に覚えている。


 それに飽きたら外にいた頃の話に花を咲かせる。とはいえぼくには外での楽しい思い出なんかひとつもないから、彼女の話に耳を傾けるだけだった。代わりにぼくも今までに読んだ本の話をする。彼女は難しいことはわからないなあ、と言いながらも一生懸命に耳を傾けてくれた。


 そんなたわいもない時間を過ごす間、窓の向こうでは紫陽花が花盛りを迎えていた。でも、目の前の彼女の笑顔はそれよりもずっとずっと鮮やかに見えた。

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