第一章
悪夢
第1話 転生したのでしょうか
リリアンは、ぼんやりと目を開けた。
視界に入るのは、見慣れた自分の部屋だった。
白いレースのカーテンが、風に揺れている。
爽やかな風が部屋の中に入ってきて、心地いい。
部屋の中には、侍女のモリーとメリーが椅子に座って、二人とも祈りを捧げている。
何をそんなに一生懸命に願っているのかしら?
リリアンは声を出そうとして、ふと喉に触れた。
声は出るかしら?
リリアンは、徐々に夢の内容を思い出してきた。
あらら、あら?
リリアンは、再び、喉に触れて、そのまま首に触れた。
首がついているわ。
悪夢を見ていたのかしら?
とても酷い夢だったわ。
囚われの身になり、斬首刑にされた。
ギロチンがぶつかる瞬間まで記憶があるが、その後の記憶はない。
悪夢だとしても、これほど恐ろしい悪夢はそうそう見ないだろう。
自分が殺される夢など、見ることはあまりないことだと思う。
それにしても、家の中がとても静かだ。
誰もいないように感じる。不安になって、モリーとメリーに、声をかけてみた。
「……あの」
二人とも、ハッとしたよう顔を上げて、途端に涙を流し始めた。
「モリーとメリーどうなさったの?」
「お嬢様」
「お気づきになったのですね?」
「メリー、旦那様に知らせてください」
「はい」
メリーは急いで部屋から出て行った。
「モリー、何をそんなに一生懸命に願っていたの?どうして泣いているの?」
「お嬢様がお目覚めになるようにですわ。お嬢様は、もう5日も意識を失っていましたのよ。私もメリーも、この家の者全てが、祈っておりましたわ」
「まあ、5日も、私は眠っていたのね?」
「そうで、ございます」
モリーはハンカチで涙を拭っている。
「ねえ、モリー、わたくし、生きているのよね?」
「お嬢様、まだ夢を見ていらっしゃるのですね?」
「起きたわよ」
「お目覚めに、顔を拭きましょう」
「ええ、お願いします」
モリーは、テーブルの上に置かれた水桶でタオルを絞って、顔を拭ってくれた。
すっきりとして、気持ちがいい。
部屋の中に両親と兄が入ってきた。
「リリアン、やっと目を覚ましたか?」
「お父様」
父親のミュースト・シュルス・ツールスハイト公爵がホッとしたように娘の頭を撫でる。
「ああ、良かったわ。ずっと心配していたのよ」
「お母様、ご心配をおかけいたしました」
母親のビュルネルがやっと目を開けた娘を抱きしめる。
「それにしても、わたくし、どうしたのかしら?」
「シェル・コテ・エパシオ殿下にお目にかかっているときに、突然倒れたのだよ」
「お兄様?」
兄のグラナードがリリアンの手を握る。
「酷い熱を出して、ずっと意識が戻らなかったのだよ」
「……お兄様」
「これでシェル殿下も安心なさるだろう」
父がリリアンの額にキスをして、微笑む。
「モリー、医者に診てもらえるように手配を頼む」
「畏まりました。旦那様」
モリーが部屋から出て行った。
「わたくし、斬首刑で死んだはずだわ」
「何を言っている。どんな悪夢を見ていたのだ?」
父は呆れている。
はてと、リリアンは考える。
あれは夢なのか?それとも本当だったのか?
我が儘いっぱいに悪役令嬢を振りかざし、好き放題に振る舞って、最後はシェル王子殿下に剣を向けた不敬罪で、公開処刑を言い渡された記憶がある。
無意識に首に触れる。
首、付いているわね?
やっぱり夢だったのかしら?
それにしても、夢だとは思えないのだ。
「シェル殿下は目の前で倒れたリリアンを抱き留めてくださったのだよ」
「殿下がですか?」
それも考えられない。
殿下はリリアンの事を嫌っていたように感じていた。
嫌われないように、一生懸命に尽くしても、全て空回りをして、結局、リリアンはいつも悪者になっていた。
だから、殿下が抱き留めてくださった事が素直に信じられない。
「とても心配して、毎日遣いの者を寄越して、リリアンの様子を心配なさっていたのだ」
それこそ、夢ではないか?
リリアンは、また首を傾げる。
(お兄様は嘘をつくような人ではないけれど、まるで騙されているようだわ)
グラナードは、ポンと手を打つと、「誰か、リリアンが目覚めたと遣いを」と言った。
従者が一人、「はい」と答えて、走って行った。
医師がやって来て、リリアンの診察をして、「もう治ったようだ」と言った。
「腹に優しい物から、少しずつ食べさせるように」
「はい」
母が返事をして、リリアンを囲んでいた家族は、リリアンの部屋から出て行った。
+
「モリー、今日は何日かしら?」
「9月の1日ですよ」
「なんですって?」
「長いこと眠っておられたから月も変わります」
首を落とされたのは、確か3月だったような気がする。花が綺麗に咲き、甘い花の香りがしていた。
時間が戻っているの?
「さあ、お嬢様、リンゴをすりおろした物ですよ。どうぞお口をお開けください」
リリアンが、口を開けるとスプーンに少し載せられたすりおろしリンゴを口に入れられる。
甘酸っぱい味が口の中に広がる。
舌の上で、果汁を転がして、コクンと飲み込むと、モリーがまたスプーンを口に近づける。
「9月の秋祭りまでに元気になられるといいですね」
「……秋祭り?」
「そうでございます」
9月の秋祭りで子爵令嬢のアウローラに葡萄ジュースをかけたのよね。
子爵令嬢のくせに生意気に、シェル王子殿下にダンスを申し込んだアウローラに嫉妬して、綺麗なドレスを葡萄色に染めてやったのよね。
あれは我ながらやり過ぎだったわ。
今度は、シェル王子殿下に不快な思いをさせないように、レディーらしく振る舞わなくては……。
なんと言っても生まれながらに、婚約者に決められている。
リリアンはこの国の色のアメジストの瞳と珍しいアメジストの髪をしている。
ツールスハイト公爵の一族にしか生まれない特別な色だ。
戴冠式にはめる、王冠の中央に大きなアメジストが埋め込まれている。その色と同じ瞳を持つ者が王妃になると国が栄えると代々伝えられている。
滅多に生まれないが、祖先に同じアメジストの髪と瞳を持った者が王家に嫁いでいる。
同じ色を持つリリアンも生まれながらに王室に嫁ぐ事になって、王子とも相思相愛の間柄だった。
幼い頃から、兄を交えて、殿下と一緒に遊ぶことは日常茶飯事で、互いの邸宅に泊まることもあった。
いつの間にか、相思相愛となり、殿下とは隣にいるのが当たり前の関係になっていた。
ロタシオン王国第一王子シェル・コテ・ロタシオン殿下は、兄、グラナードと同じ18歳で、王都にあるエンボロス王立学園に通っている。グラナードはシェル殿下の側近となり、いつも共に行動しているが、リリアンが危篤と知り殿下が自宅に戻るように命じたのだった。
シェル王子殿下は高等部の3年生で、リリアンは高等部の1年生だ。
生意気にシェル王子殿下にダンスを申し込んだアウローラもリリアンと同じ高等部の1年で、同じクラスだ。なにかとライバル心を抱いて、リリアンを挑発してくる。
元々おとなしい性格をしたリリアンも、シェル王子殿下へのあまりのアウローラの激しいアプローチに頭に来たのだ。
幼い頃から仲の良かった婚約者に手出しをされれば、頭にもくる。しかも相手は子爵令嬢である。公爵令嬢のリリアンより位は、ずっと下だ。
リリアンは、無意識に首を撫でる。
付いているのが不思議な気がする。
せっかく生まれ変われたのなら、婚約解消をしてもらい、リリアンは自由に生きたいと思い始めていた。
アウローラがいいなら、どうぞのしをつけてさしあげます。
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