第2話 婚約解消のお願い
「お父様、お願いがございますの」
「なんだい?リリアン」
「シェル王子殿下との婚約を解消していただきたいのです」
「いきなりどうした?」
やはり、父はビックリしたような顔をなさった。けれど、これは、リリアンの命の問題なのだ。せっかく月日が巻き戻され、やり直しをさせてもらえるならば、ここで婚約解消のお願いをして、殿下との関係を綺麗に精算する必要があると思うのだ。
「わたくしは、来年の3月にシェル王子殿下に剣を向けた罪で、公開処刑にされますの。今のわたくしは、首をギロチンで落とされて死んで、この時期に生まれ変わったのですわ」
「何を夢のような事を言い出す」
「夢ではありませんわ。今、学園ではシェル王子殿下は子爵令嬢のアウローラと仲良くされておりますわ。お兄様に伺ってみたらどうかしら?お兄様はいつもシェル王子殿下と一緒におられるので、殿下のこともアウローラの事もご存じだと思いますわ」
まだベッドに座っているリリアンの手を握ると、父はモリーに兄を呼ぶように伝えてくれた。
「夢ではないのか?」
「夢ではありませんわ。わたくしは殿下の心を引き留めたくて、必死でした。それで、格下のアウローラの挑発にも乗ってしまったのですわ。今思うと、とても見苦しく、ツールハイト公爵令嬢として恥ずべき事でしたわ。生まれ変われたのなら、やり直しをしたいと思いますの」
ノックの音がすると、メリーが扉を開けてくれた。
兄がやってきた。一緒にモリーも帰ってきて、侍女二人は席を外した。
「グラナード、リリアンが殿下との婚約解消のお願いをしてきた」
「どうしてですか?殿下はリリアンをとても大切にしていらっしゃるのに」
「お兄様、それなら、どうして殿下はアウローラを側に置き、わたくしの前で、イチャイチャなさっているのですか?」
「イチャイチャなど」
「しておりますわ。わたくしは、殿下の心がどこにあるのか、さっぱり理解できません。お茶が飲みたいのなら、専属のメイドを雇ったらいいのではないでしょうか?確かにわたくしは、医療茶葉認定医の資格を持っております。他の誰より、美味しいお茶を淹れる自信はありますが、格下のアウローラの為にお茶を淹れるのは、どうしても我慢がなりません」
「確かに最近の殿下は、アウローラを生徒会室に入室させ、一緒にお茶を飲んではいるが、殿下は伴侶としてアウローラをと思っているとは思えないよ」
「とにかく、わたくしはきっと殿下とは上手くいきませんわ」
リリアンは掛布のキルトを握って、涙を堪える。
「そんなに辛いのなら、陛下と一度、話をしてみよう」
「お父様、本当ですか?」
「たぶん、殿下は子爵令嬢に興味があるだけだ。すぐに飽きるであろう」
「お父様は、娘を軽薄で誠実の欠片もない殿方の元に嫁がせたいのですか?形だけの結婚をして、国が栄えるとお思いですか?殿下の心が離れた今、アメジストの瞳や髪色に拘る必要など微塵もないのではないでしょうか?」
「ふむ、陛下に話してみようぞ。それまでリリアンは、決断はしてはならないよ。グラナードはリリアンの心を支えてやってくれ」
「はい、父上」
「今日は議会がある。陛下とも会う。議会が終わったら、少し時間をいただこう」
「お父様、お願いします」
リリアンは、父が言葉を信じてくれたことが嬉しかった。
すぐに行動してくれる、優しさも嬉しかった。
「今日はお医者様が来る。ゆっくり休んでいなさい」
「はい、お父様」
「いい子だ。リリアン、父はリリアンに幸せになって欲しい。殿下のことは陛下ともよく話し合おうと思う。心配せずにゆったりと過ごしなさい」
「はい」
「グラナード、留守を頼んだよ」
「はい、父上」
父は、部屋から出て行かれた。残った兄は、ベッドに椅子を寄せて、そこに座ると、一つ大きなため息を零した。
「怒っていらっしゃるの?」
「ああ、殿下に対してな。アウローラのどこがいいのかさっぱり分からない。この頃の殿下は様子がおかしい」
「様子がおかしいのですか?」
「突然、ぼんやりしたり、アウローラのような位の低い女生徒を生徒会室に招き入れたりして。まるで操られているように感じることがある」
「操られて?」
「考えすぎか?」
操られているなら、このまま放置はできない。
婚約解消されても、気がかりが残って、ずっと気持ち悪さが続いてしまう。
見捨てるのは簡単だが、救うのは難しい。
単なる心変わりなら、婚約解消でスッキリしたいが、そうではないのなら、もう暫く、様子を見てみるのも大切かもしれない。
どうして、運命が巻き戻されて、こうして生きているのか?その理由はあるはずだ。
「お兄様、わたくし、もう少し様子をみてみます」
「頑張りすぎるな。何かあれば、何でも話しなさい」
「お兄様、ありがとうございます」
「少し、休みなさい」
「もう大丈夫なのに」
兄は立ち上がると、そっと体を支えて、横たえてくれた。
キルトをきちんとかけて、兄は、優しく髪を撫でてくれた。
「嫌なら、結婚などしなくてもいいのだぞ」
「お兄様」
「そういうことだ」
兄は笑うと、部屋から出て行った。
+
「シェル、少し話がある」
「なんでしょうか?父上」
「男同士の秘密の話だ。私の執務室に来なさい」
「はい」
二人で長い廊下を歩く。
父上の執務室は、陛下の仕事部屋だ。
確かに、部下の出入りはあるが、母上や使用人は来ないだろう。
立派な陛下の机の前に、10人ほど座れるソファーが置かれている。それなりに広い部屋だ。
一人がけの陛下のソファーに父上が座り、シェルは広いソファーに座った。
「茶はいるか?」
「いいえ、お話とはなんでしょうか?」
「今日、リリアン嬢の父上のツールハイト公爵から話があった。リリアン嬢が婚約解消をお願いしてきたそうだ。心当たりはあるか?」
「ありません。リリアンとは幼い頃から心を通わせております」
「最近、親しくしておる子爵令嬢については、どうだ?」
「アウローラですね。いつの間にか、生徒会室に入ってくるようになったのです。招いているわけではありません」
「子爵令嬢と仲良くするようなら、婚約解消をしなくてはならなくなる。心しなさい」
「先ほど、リリアンにプレゼントを贈ったばかりです。秋祭りにダンスを踊って欲しくて」
「心変わりをしているわけではないのだな?」
「はい、私は、リリアンを愛しております」
「名前で呼び合ってはいないようだが?」
「子供の頃の遊びで、シェル王子殿下と呼べと命令してしまったのです。今では後悔しております。子供の頃の遊びの延長で、名前で呼んでもらえなくなってしまったのです」
陛下は、まだまだ子供のシェルを笑って、素直な息子の頭をクシャッと撫でた。
「失いたくなければ、子爵令嬢と仲良くするのは止めなさい」
「分かりました」
シェルは、深く頭を下げた。
婚約解消と言われて、シェルは全身に冷や汗をかいた。
シェルはリリアンの兄のグラナードに負けぬほど、リリアンを大切にしている。
手放すなど、一度たりとも思った事はない。
まだ巻き返すチャンスはあるのだと思えば、なんとしてもリリアンの心をつなぎ止めなくてはと思った。
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