第3話 透名 廻(トオリナ メグル)②
家に帰ってプリンを食べ終え、満足した俺は自室に籠ることにした。うざったいほど世話焼きの母親の目に付かないようにこっそりと階段を上がった。
幸い母親は電話で井戸端会議をしていたから、止められずに済んだ。自室のドアを閉め、落ち着いて椅子に座りポケットの中に手を入れた。
その時、不意に何かが手に当たる感触がした。
「あっ!」
ポケットの中にはスマートフォンが入っていた。ボーカロイドのためにチューンナップされた、あのスマホが。
部屋が防音仕様で母親に声が届かなかったことを確認する。それ以外の状況は全部最悪だった。もう二度とボーカロイドには関わらないと決めていたのに。
恐る恐る電源ボタンを押して起動する。頼む、中にボーカロイドが入っていないでくれ。
「こんにちは。マスター。いや、初めましてですか?」
終わった。完全に終わった。
ボーカロイドを連れ去った罪って何罪になるんだっけ。確か公民の授業でやった覚えがある。というかそもそもスマホを盗んだから窃盗罪か。
何にしろ終わったな、俺の人生。
「私の名前は透名廻(とおりなめぐる)です。気軽にメグって呼んでください。」
いや、気軽に呼べねぇよ。俺、誘拐犯だぞ。
「にしても、新しいマスターを見つけられてよかったー。」
そうか新しいマスターか。お気楽でいいな、お前は。
いや待て。
「今、新しいマスターって言った?」
「はい。もしかしてキャンペーンの広告見てませんでした?」
カバンの中に放り込んだケミカルソーダのゴミを拾い上げ、ラベルを見る。ラベルには「保護しよう!捨てボーカロイド対策キャンペーン」と書かれていた。
自分が誘拐犯として捕まることがないことに少しだけ安心した。
そして確かに、ケミカルソーダのことが嫌いになった。
「おい、ボーカロイド。」
いい加減なキャンペーンに対する軽い怒りを叩き付けるように言葉を吐いた。
「私の名前は透名廻です。」
強気に名前を主張する。胸を張って、これぞとドヤ顔を見せつけられる。
「いや、どうでもいい。」
「どうでもよくないです。」
軽く怒っているのか頬を膨らませた。
「分かった、どうでもいいが透名廻。申し訳ないが俺には君を飼う資格はない。」
「そんなことありません。人間ですし、"見たところ"普通の。」
"見たところは"余計だ。
それに、俺がたとえ普通の人間だろうと、資格がないことに変わりはない。何か言っていたが、気にせずラベルの続きを声に出して読んだ。
「”このスマホとラベルを会社に返送すればキャンセルできる”。」
「辞めてくださいお願いします。」
即座に返事が返ってくる。
しかし、やめてと言われても、どうしようもない。なんて言ったって世の中は無j
「辞めてください」
スマートフォンの中から出ていないはずなのに、圧が、圧が強い。
「辞めてください」
結局その日は返送連絡窓口が閉まっていたこともあり、一日だけ家に置いておくことにした。
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