第2話 透名 廻(トオリナ メグル)①

 電車から降りて、やっとシンオンが小雨になった。道中で自販機を見かけ、のどが渇いていることを思い出した。


 カバンから財布を出す。財布には有名なボーカロイド「アルカロイド」の絵が描かれている。ずっと前に母親からプレゼントとしてもらったものだ。

 だかしかし、俺はアルカロイドどころかボーカロイドに興味がなくなった。興味がない、というのもおかしいか。あんなことがあったのに。


 そんな自問自答のようなものを繰り返しながら小銭をだし、ペットボトルのジュースを買う。


「ガコンッ」


 いつもよりほんの少し、大きい音で鳴った落下音に少しだけ驚く。


 しかしその驚きもすぐに追い越された。俺が自販機から取り出したのは、ペットボトルではなくスマートフォンだった。しかも、ボーカロイドのためにチューンナップされた特注の。

 ボーカロイドは音の精霊であるとともに、電子生命体でもある。普段は現実世界でも実体を保てるが、衰弱するとその実体を保てなくなる。今さっき電車の中で見かけた文章だ。

 そして、このスマホは、そういったボーカロイドを療養するためのものだったと思う。ただ、何故こんなものが自販機の中に?


 いや、それよりもペットボトルは自販機から出たのだろうか。のどが渇いて仕方がないんだ。

 あった、受取口の左側に。


「ゴクッゴクッ」


 ああ、求めていたものはこれだ。

 パズルのピースがぴったりとハマった時のような爽快感。俺が愛飲してやまない「ケミカルソーダ」。ああ、愛しの我がジュース。

 実際は不人気なのか最近では置いてる店も自販機も少なくなってしまったが、そんなことはどうでもいい。この何とも言えない化学的な味に変えられるものなどない。

 そんなことを考えているうちに飲み干してしまう。やはり、250mlだと物足りない。最近は500mlはなかなか見ないが近所のスーパーで売っていたはずだ。


 空きボトルを捨てようとゴミ箱を探した。なかったから、捨てるのも面倒になってカバンに放り込んだ。


 そうだ、500mlのケミカルソーダ、買って帰ろう。ついでに「カラメルマシマシカロリープリン」も買わなきゃわざわざ電車で帰った意味がない。よし、そうしよう。軽くステップを踏むように帰路についた。

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