廻る新木

異球志秋

第一章 「出逢い」

第1話 新木 賑(アラキ シン)

 満月から3日経った「逆さ三日月」の夜に音を纏って現れた精霊達。人々は彼女達を「ボーカロイド」と名付けた。やがて彼女達と人々は生活を共にして、歌というモノを作り出した。


 電車の中で歴史の教科書を流し読みしていると、その文字列が目に入ってきた。


「はぁ。」

 今日も電車の中は騒がしい。


 ボーカロイドが持つ音「シンオン」は、普通の人間には聴こえない。聴こうと技術を磨く物好きな人がいるほどに。それに追加して、一見人間と変わらない見た目から、見分けるのは難しいとされている。


 だけど、俺は違った。「ヒアリング症候群」という世界で数件しか症例がない特質のせいでシンオンが自然と耳に入ってきた。

 だから、普通なら何ともないはずのこの電車内が、まるで大豪雨の中心にいるような不快感を感じざるを得ないほどに騒がしい。


「そういえば、、、」


 テストの範囲を知ろうとして教科書の間を探っていたことを思い出す。ページをめくり、また次のページへと手をかける。


「あっ。」


 電車が線路の隙間を乗りこえ、ガタンと揺れた。それと同時に、裏表紙の隙間に挟まっていた探していた紙とは別のプリントがするりと抜け落ちる。

 事故とはいえ、本当ならば静かな電車内でこうなると気まずい。急いで取ろうと足に乗せていたバッグをずらす。


「はい、どうぞ。」


 目の前に差し出されたプリント。小さな声でお礼を言い、それを受け取る。一件落着し、すべてが元通りになった。双子であろう子供と楽しく話し始めたのを目の端で確認すると、最後にバッグを元の位置に戻した。

 髪色とそのシンオンから彼女たちがボーカロイドであると悟り、少し不快に感じている自分に嫌悪感を抱く。


「早く次の駅に変わらないかなぁ」


 駅名表示が変わり、自分の降りる駅に変わるときが待ち遠しくなって心の中でそうつぶやく。

 しかし変わることはなく、仕方なくまた大豪雨の中でページをめくり始めた。

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