ねぇ、愛してる

榊原 秋人

第1話 男女の話

 視点一

 「私、君のことが好き」

 その言葉と一緒に微笑む君の笑顔はまさに女神を彷彿させた。

 当然僕は「ぼ、僕も君が好きっ!」と上ずった声で返事をした。

 そう、これが僕と彼女が付き合い始めたきっかけであり馴れ初めだ。

 正直この話をするのは恥ずかしい……。

 僕もそうだけど実際問題皆だって馴れ初め話をするのは恥ずかしいだろ?

 あぁでも、それを踏まえても僕はとても今、幸せだ。

 声を大にして言いたいもん、「僕は彼女を愛してます!」ってさ!

 だから毎日の様に彼女に会いに行ってはその姿を量の眼に焼き付けた。

 そして彼女に近付く不届き者を影で排除してきた。

 彼女は僕だけの物、絶対に他の誰かに取られるものかとどす黒い感情が足元から湧き上がってきた。

 だから……、あぁだからこそだ。

 僕は慣れた手付きで彼女のアパートの扉を開けて室内に入る。

 この時間彼女は寝ているのを知っているからこそ、絶好のチャンスだ。

 「ははっ、愛してるよ」

 不気味な笑みを浮かべていたんだろうな、僕は。

 彼女の部屋に置かれていたクッションを手に取るとそれを彼女の顔に―――。


 視点二

 「私、君のことが好き」

 勇気を出して好きな人に告白をした私。

 心臓がバクバク鳴り響いて今からでも遅くはないから逃げ出してしまおうかと一瞬でも考えてしまったけど。

 「ぼ、僕も君が好きっ!」

 彼からの返答を聞いて私は涙を流してしまった。

 「だ、大丈夫っ!?」

 心配する彼に「ち、違うの……。嬉しくて」と涙を拭きながら彼に説明するとホッとした表情で私を見ている。

 この日から私は彼と正式に付き合うことになったの。

 その時は本当に心の底から嬉しい気持ちで一杯だった。

 だけど―――、同時に私の身の回りで不可思議なことも起き始めたの。

◆◇

 最初はほんの些細なことからだった。

 「あれ、ペンが見当たらない……」

 トイレに行った後や少しその場から離れると、ペンや小物がよく無くなるようになった。

 気づかないうちに落としたり、何処かに忘れてきてしまったのだと自己解決して、この時点ではあまり気にしなかった。

 また買えば済む話と思っていたからこそだ。

 でも、そこから誰かの視線を感じ始めるようになった。

 大学構内のみで感じていた視線は帰り道やバイト先、挙句の果てに自宅でも監視されている不信感に襲われる。

 「あんた、もしかすると誰かにストーカーされてるかもよ」

 日に日に弱ってく私を見かねた友人に相談してみるとそう言われた。

 「な、何で……」

 心の底からの疑問に友人は「ストーカーする奴の気持ちなんて知らないけど、やばいようだったら彼氏や警察に相談した方が良いわよ」と助言を受けた。

 早速私は彼に相談してみると、驚いたことに彼も私と一緒で誰かの視線を感じるようになったらしい。

 「一緒に警察に行ってみよう」

 彼の言葉に私は頷いて一緒に警察に相談に行った。

 けれど、警察はあまり取り合ってもらえず悶々とした日々を再び過ごすことになった。


 視点三

 「私、君のことが好き」

 あたしの告白に彼は恥ずかしそうに頬を赤らめて「ぼ、僕も君が好きっ!」って、行ってくれた瞬間とても嬉しかったわ!

 あぁ、天はあたしに最高の授け物を送ってくれたと思ったわ。

 彼はあたしのもの、あたしの隣に立ってくれる最高の人。

 それなのに、彼を奪ったあの女狐が彼に馴れ馴れしく話している姿を見ていると、怒りと嫉妬が入り混じった感情が私の中で渦巻き出す。

 「彼はあたしだけのものなのに……!」

 彼にはしっかりとお灸を据えなきゃいけないわね?

◆◇

 あたしは彼の彼女、だから彼の私物もあたしのもの同然で彼が何処の駅で降りて何処に住んでいてどんな食事をしているのかも知らなきゃいけない。

 だって、彼の彼女だもの、悦に入って初めてあたしは嬉しくなる。

 「待っててね、あたしの彼氏君」

 彼があたしに全然渡してくれないから勝手にスペアキーを作っちゃった。

 だから彼の部屋に侵入するのは容易なの、扉の鍵を閉めて一歩一歩着実に歩みを進めていく。

 「こんばんわ」

 あたしの彼氏、あたしだけの彼氏―――。

 「だ、誰だお前っ!」

 ―――は?

 「何言ってるの、あたしの彼氏さん」

 「お、お前なんて僕は知らないっ」

 知らないはずがないでしょう?

 あたしだけの彼氏、ソウ、アタシダケノサイコウニニシテユイイツノカレシサン。

 「―――あの女狐のせいね、あたしという存在がいながらあんな女に現を抜かして。でも、大丈夫よ」

 もうあたし以外見れないように調教してあ・げ・る。

 事前に用意していた注射器を取り出して針部分を彼の首に突き刺した。


 視点四

 「私、君のことが好き」

 ずっと前から気になっていた子から告白された僕は、理解するのに数秒程時間を要した。

 顔が赤いのを自覚しながら「ぼ、僕も君が好きっ!」と精一杯返事をした。

 叶わない恋だと勝手に思っていた僕にとって、この展開は青天の霹靂。

 彼女を大切にしようと心から誓ったけど、この時一瞬だけ誰かに見られている感覚に襲われた。

◇◆

 「お前、最近やつれてね?」

 「えっ?」

 大学の同期からの指摘で気付いた僕は目元に手を当てる。

 「なんだ、彼女さんと喧嘩でもしたか~」

 「そんなんじゃないよ、彼女とは上手く付き合ってる」

 茶化す同期に僕は苦笑いしながら返答する。

 「だったら別の悩み事か? もし困ってるなら俺に相談しろよ」

 そう言ってくれた同期にあぁ、サンキューと返した。

 こう話している間にも誰かの視線を背後から感じる。もし振り向いてしまえば、何かが終わる……。

 そんな気がして、勇気を出せずに知らないフリをする。

 そうして日を過ごして時間だけを無駄に浪費していた矢先に、彼女が行方不明になったと聞かされた。

 彼女とは行方不明の前日にも会っていて、自ら姿を消す雰囲気は彼女からは一切感じられなかった。

 もっと彼女の相談にのってあげればこんな結果にならなかったのかもしれない……、そう考えると後悔だけが僕を包み込む。

 たらればの話をしても無駄だと分かってても仕方がない、そう自分に言い聞かせて続けた。

 『ガチャ』

 鍵が開く音が聞こえた僕は様子を見に来た両親か淡い希望で彼女であってほしいと、願ったが。

 「こんばんわ」

 知らない人が僕の目の前に現れた。

 「だ、誰だお前っ!」

 会ったこともない人が何で入ってこれたのかが一番に思考を覆う。

 鍵は閉めていたのに……そもそもスペアキーを渡したのは両親と彼女だけ、もしかすると彼女の失踪に目の前の女が関係しているんじゃないかと疑い始めた。

 「何言ってるの、あたしの彼氏さん」

 僕を彼氏と口にする目の前の女に「お、お前なんて僕は知らないっ」と突き返す。

 すると、両手で髪をガシガシし始めて「あり得ない」や「知っているはずでしょ」とうわ言の様に喋る。

 「―――あの女狐のせいね、あたしという存在がいながらあんな女に現を抜かして。でも、大丈夫よ」

 そう言ってコートのポケットから注射器を出して勢いよく僕の首に突き刺した。

 何かの薬品を注入されて意識が朦朧としてきた。

 「もう、あたし以外見れないようにしてあげる」

 濁った目で僕を見下ろす女に彼女のことを聞こうと思ったけど、先に僕の意識が途絶えた。


 視点一

 「あ、あぁ……!」

 僕は一体何をしているんだ……。

 「嘘だ、嘘だと言ってくれよ……」

 僕の目の前で横たわるのはもう息をしていない僕の彼女だ。

 僕が……、この手で殺したんだ。

 「は、早く逃げなきゃ」

 僕が彼女を殺した事実は消えない。だけど、この事件を未解決にすることは出来るはずと勝手に思い込んで逃げようとした時、足が止まった。

 「……」

 横たわる彼女の遺体を見て逃げようとしていた足を戻して彼女をおぶって部屋から出た。

◆◇

 彼女の失踪と同時に殺人事件が起こったらしくて怖い怖いと他人事の様に思いながら僕は自室に戻る。

 「ただいま」

 誰にも立ち入らせないように厳重にした自室にはホルマリン漬けにした彼女の首が待ってくれている。

 「はぁぁ~~、今日も美しいよ」

 愛おしそうに僕は彼女の首が入った容器に頬ずりする。

 もう、彼女は永遠に僕だけのものになった。

 視点三

 あたしの彼氏を自宅にまで連れ帰った。

 彼氏さん、意外に体格良いから運ぶの大変だったよぉ~。

 まだ眠っている彼氏さんを愛おしく感じながら目覚めるのを待つ。

 三十分くらい経ってから身体がピクッと動いた。

 「おはよう、いい夢見れた」

 ニッコリと三日月の様な笑みで彼を見つめる。

 「ここ、は……」

 「あたしの家だよ」

 椅子に縛り付けているから動けないのに必死に動こうとする彼氏くんに近づいて「ねぇ、何であたしを見ないの?」と質問する。

 「お、お前っ! 僕の彼女を」

 ビターンッ、思いっきり彼の頬にビンタをする。

 「あたしの前で女狐のことを出さないでくれる」

 あたし自身でも驚くくらい抑揚のない声で彼に言い放つ。

 それなのにあたしを睨む彼氏くんに「何で睨むの……?」と続けていう。

 「僕は、お前を知らないっ……」

 「嘘を言わないでよ、貴方は私を知っているはずでしょ?」

 「知らないと言ったら知らなっ」

 もう一回ビンタをする、ううん違う。

 何回も何回も、目の前の男が黙るまでビンタをし続けた。

 違う、違う違う違う違う違う違う。

 今、目の前の男はあたしの知っている彼氏くんじゃない。

 だったら―――、

 「死んでよ」

 部屋の隅に置いていた包丁を握って男に近付く。

 「そっ、いや、まっ」

 その言葉が男の最期の台詞になった。

◆◇

 「ねっ、美味しい?」

 彼氏くんに尋ねると彼氏くんは『美味しい』と言ってくれた。

 「え、ほんとぉ~!嬉しいぃ~」

 喜ぶあたしを見て微笑む彼氏くん。

 「次も美味しい料理作ってあげるねっ」

 凄惨な現場の中心で首だけになった彼氏くんにそう言って残りの部分を処分するためにノコギリでバラバラにして運び出す。


 第三者視点

 とあるカップル一組が行方不明になって数週間後に首から下が山奥で発見された。

 警察は殺人事件として捜査しているが、被害者が警察にストーカー被害で相談に行っていたとの情報がマスコミによって公表されると警察は大いに非難された。

 二人とは面識があった自分は二人がどうして殺されなければいけないのかが、理解できなかった。

 でも、人脈が多い自分は色んな人と仲がいいので犯人と思われる人物を特定することが出来た。

 そいつらに無防備に接触するのは自殺行為だ。

 入念に準備をしてから自分は別々に話しかけた。

 そして話した結果自分は確信した。

 「(こいつらが、犯人だ……!)」

 証拠は全て信頼の出来る人に託した。後は警察に全て事情を説明するだけだった。

 「「見つけたっ」」

 終わった……、自分は直感でそう悟った。


 視点一と三

 「僕はお前が好きじゃない」

 「あたしもお前なんか大っ嫌い」

 お互いにお互いを否定する。

 「だが」

 「あたし達の利害だけは一致している」

 そしてあたしとこいつは自らの手で殺した男を見下ろす。

 「「手を組みましょう(もうぜ)」」

 ―――僕(あたし)の愛を守るために。

◆◇

 数年後、

 「おはよう」

 「おはよう」

 互いに挨拶をして朝食の準備を始める。

 利害の一致で結婚した僕とあいつだが、僕達の愛する人達はずぅ~っと変わらない。

 「今日はいい天気だよ、こういう時は一緒に外を歩くと良いわよね」

 「桜が散る前に一緒にお花見にも行きたいね」

 そして、互いに振り返って「ねっ、そうでしょ」とホルマリン漬けにした愛する人の首に向けて話をしていた。

 「「ねぇ、愛してる」」

 二人は、永遠の愛を愛する人に語りかける。一方的で、独善的な独りよがりな愛を……。

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