Heavy tour
有栖川ヤミ
terminal
放課後の屋上。
死のうとしている僕の目の前に、一人の天使が現れた。天使というのはもちろん比喩であって、ひどく顔の綺麗なクラスメイトのことだ。ぼーっと見惚れていると、バッチリと目があった。
彼女の、紅く小さな唇が動く。
「ねー、田中」
「え…はい」
「自殺すんの?」
「…はい」
「じゃあさ、あたしも一緒に連れてってよ」
「…篠宮さんに死にたい理由なんかあるんですか?」
純粋に疑問であった。彼女はいじめられている僕とは正反対で、いつも人に囲まれていた。
「あたしさ…天使になりたいんだよね」
「は?」
「田中にとっての、天使になりたいの」
「揶揄ってます?」
「いや、別に田中じゃなくても良いんだけど」
でしょうね。
「自殺しようとしてる人を止めるのが善人なら、優しく手を取って連れ添うのが天使かなって」
目を輝かせて彼女は言う。
ああ、この人もう手遅れなんだ。何があったのか知らないけど、心が壊れてる。
「それ、もう天使じゃなくて死神ですね」
「死神かあ…それでも良いよ!人間以外なら何だって良い」
「はぁ…つまり篠宮さんは僕を出汁にして夢を叶えるんですね」
「そゆこと!」
「じゃあ、僕の夢も叶えてもらって良いですか?」
「何?」
「僕、生まれてから今まで一度も恋人が出来なくて…」
「あーー!OK!じゃあ彼女役やるよ」
「役じゃダメです、どうせ死ぬんだからそれまで本気で彼女になって下さい」
「えーーー、めんどくさ」
何だこの人、まじで。
「僕の天使?なってくれるんですよね」
すこし揺さぶってみる。
「OK OK。じゃあ手始めにこれから」
そう言うと、彼女は右手に持っていたオレンジジュースを頭から浴びた。オレンジは彼女の亜麻色の髪によく馴染んでいて、ブラウスはもう白い部分がないくらい綺麗に染まった。
「は?何してるんですか!!」
「田中、さっきジュースかけられてたじゃん」
うーーん、訳が分からない。
「お揃いってことですか?」
「そゆこと」
彼女は奥二重の目をぎゅっと細める。目の形が三日月みたいで、かわいい。
「それからさ、こっち来てよ」
手招かれて彼女の目の前に立つ。瞬間、抱き締められた。
「えっ、は?え?」
それは人生で初めての体験だったが、脈絡がなさすぎて実感が少し薄かった。
「今から私が何を言っても、全部うんって答えてね」
「うん」
「あのね、この世の何も愛さなくて良いから」
「うん」
「何も信じなくて良いから」
「うん」
「ここで私と死んでくれる?」
「…うん」
ふと、『永遠の愛なんて存在しないから、今ここでこれを純愛にしましょう』なんて言葉を思いついたが言える筈もなく…。
オレンジの液体に染まった、お似合いではない男女が、蒼い空へ飛び立ったのだった。
これが僕の、最初で最後の旅だ。
Heavy tour 有栖川ヤミ @rurikannzaki
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