第9話 補修授業

僕が言葉を発すると、ウェルは明らかに不可解な顔をした。

ウェルの呼吸が激しくなり、彼が無意識に高揚してきているのを感じる。


その上で、先生はあえて深く、穏やかな声で答えた。


「ルーク、人間はロクな存在ではありません。自身が豊かになるためなら、同じ人間であっても殺し合うのです。」


先生は続けた。


「私たち獣人は、日々生きるために他の命を奪います。けれど、必要以上に生き物を殺したりしません。弱いものをなぶったりもしません。それが、強き者の誇りなのです。」


『それはわかります。僕だって森に生きるものの長である獣人に誇りを持っています。けれど、人間をそこまで警戒する必要があるのでしょうか?』


隣で聞いていたウェルの心音が、すこし落ち着いてきたのがわかる。

人間を下賤な種族と見ながら、そこまで恐れる必要はないと、共感してくれたのかも知れない。


「あなた達は、まだ人間と言う種族を間近で感じた事がないからでしょうが…人間はとても狡猾です。私たちと違って、まず第一に武器を扱います。」


するとウェルが急に、食いつく様に答える。


「武器って、剣とか弓ですよね?あんな物は、弱いから使っているんですよ。俺たちが武器を使わないのは、剣を振るうより鋭い爪や牙があるからだし、弓を引くより自分が走った方がよっぽど早いですよ。」


確かにその通りだ。

僕らは、力任せに腕を振り回すだけで大抵の生き物を殺せるし、その気になれば風より速く走る事が出来る。武器や道具が使えないのではなく、使う必要がないのだ。


「確かにそうですね。人間の身体能力そのものは、私たちより遥かに劣ります。けれど、人間はその差を知恵で埋め合わせるのです。良い証拠に、人間は魔法も使います。」


「先生、魔法なら森のモンスターでもそれぞれ使います。僕らだって、指先から火を出すことや、治癒促進の魔法くらいは日常的に使ってますよ。でも、いったいそれの何が脅威なんです?」


先生は呆れる事もなく、邪険にする訳でもなく、僕の質問に真剣に答えてくれた。


「ではルーク、あなたは魔法で一度に大量の獲物を倒すことが出来ますか?」


魔法で一度に大量の獲物を??

いったいどうやって??

そんな事が出来るなら、僕たち獣人は毎夜狩りに出かけたりしない。僕には全く想像が出来なかった。


「武器と魔法を組み合わせる事で、人間は本来の能力より何倍もの力を発揮します。そして、そんな人間たちが徒党を組む事で、その力は更に何十倍にも跳ね上がります。」


「それはちょっと買い被り過ぎですよ。少なくとも俺は人間なんかに負ける気はしません。」


ウェルの心音がまた早くなる。

人間への対抗心がむき出しになっているのがわかる。

一方で僕はと言うと、むしろそんな人間に興味を持っていた。

1人1人は脆弱なはずなのに、もし先生の言う事が本当ならどんな種族なのだろうかと想像してしまった。

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