デスプウェス・デ・ヌエヴォ・ムンド #3
旧トロント市へ向けた針路を急遽北に取り、名前もわからない廃都市の南岸に船を付けた。湖岸はどこも低く、カッター船を砂浜にゆるやかに乗り上げさせて上陸を果たした。適当な岩に縄をかけて船を固定した。
ガイガーカウンターは静かだった。廃都市は多かれ少なかれ核攻撃を受けたはずだが、大都市でなければ一世紀経っても汚染が残るようなものは使われていない。普通の核であれば、半減期が長いものであっても30年やそこらで、120年も経てばざっと1/16ほどの放射線量になる。しかもその長い物も放射線源全体の比率としては5%に満たない割合のものだ。雨も降り、それで残った放射性物質もだいたい流されて海の底へ行きつく。こういった放射線の減少の結果、ちょっとした都市ではガイガーカウンターの反応は僅かか、あるいは全く反応しないということすらあった。
対して、大都市ではひどい汚染を残す核が沢山用いられた。旧モントリオール市にまだとどまっている本船の甲板上でだって今よりもガイガーカウンターが反応していた。核のことはよくわからないが、とにかく危険だ。そういった町の中心には近づかないに越したことはない。
そうだ、町の中心部では少しだけ事情が変わる。町の中心部、コンクリートの森の奥深くまでは雨が届かないことも多い。とはいえ、自然に減る量も多いからちょっとしたサイズの町では針が少しだけ振れるかなといった程度だから、問題はほとんど大都市だ。
「でもさっきはすごい振れてましたよね」
「言うな、クラウディオ……」
そう、正に今私の頭を悩ませているのはそれに真っ向から食い違う現実だった。
というか、煙は上陸したあたりで消えてしまい、町中を放射線の多いエリアを除いて探索して回ってみたもののまったく空振りだった。夜になり、明かりも沢山あるわけではないのでカッター船まで戻って作戦会議でも、となったところだった。
放射線防護服は一応本船に積んであるが、使いたくはない。面倒だし除染設備を稼働させるのも手間だ。するとあのエリアには入れないことになるが、あんなに放射線まみれになっているエリアに人がいるとも思えない。
「ということは、あの煙は自然現象の何かだったのか……?」
「なんでもいいですよ、もう今日は寝ましょう」
「わかった、エルナンドはもう寝ててもいいぞ。クラウディオは?」
「私はもうちょっと起きてます」
「わかった。……とはいえ、町中にまだ燃えるようなものが残ってるのか?」
「野生動物とかは出入りできますよね? 何か、枯れ葉とか野生動物にくっついてたのが落とされていったとか」
「……そうはならないと思うが」
「まあ、ですよねえ。あっ、放射線量があんな大きかったってことは何か放射線関係の施設があったりして、その残り火がまだあるとか」
「はは、それだとけっこうまずいな」
「そうですね。でもめぼしいものもありませんでしたし、もうこの町は調べる必要も無さそうですね」
「そうだな。旧トロント市の方も見られなかったし……」
空気が打ち震えたのはその時だった。閃光が町から放たれ、あたりは一瞬にして真昼のようになった。空気が熱くなった。猛烈な風で船が揺れ、壁が床になるほどだった。体感では何分も経ったように思えて、ようやくおぞましい鳴りが止んだ。
「なんなんですか、今のは」
エルナンドが起きてきた。
「わからない。とにかく船を出す。もしかしたら今のは核かもしれない。そうだったらここにとどまっているのは危ない」
「えっ、核って、いや私は冗談のつもりで……」
「クラウディオ、縄を切れ。エルナンドはエンジンを始動してくれ」
「あっ、はい」
「夜のうちに本船に戻る。操縦は私がする」
エンジンの音が夜の水面を切り裂いていった。今さっき聞いた爆音に比べれば些細な音量だった。
夜が明けるころに、本船へカッター船が帰ってきた。なんと驚くべきことに、エンジンがすっかり直っていた。どうやら調べてみたところエンジン側の損傷は大したことがなく、ちょっと補修すれば強度的にも問題ないだろうとのことで実際に直されてしまったのだ。排水はまだだが穴は塞がれており、排水さえ終わればあとは私の命令一つでどこへなりとも行ける状態にまでなっていた。
出発前の過剰なまでの準備が奏功した、と言っても良いのだろう。何かとんでもないことまで起こっていたように感じ、もしや私は部下と一緒にここで死んでしまうのではないかとまで思っていた。それが一気に解消され、安心し、倒れるように眠ってしまった。
それからのことは本当に何も問題なく進んだ。旧モントリオール市から少し離れたところに港が完成し、また雪の降る季節になった。コバルト60の調査隊も出て、目当てのあった旧コバルト町ではもうすでにほとんどコバルトは無くなっていたが、こちらは旧オタワ市で大量に発見することができた。今の船は放射性物質を積んで帰れるような設備は無いので調査だけされて、任務は完了した。
一年と少しぶりの大西洋だった。つまり一年半ぶりのカレネロが待っていた。帰ったらまたコバルトを回収しに別の船で行くか、それとも東へ行って西アフリカに出向くか。何にせよ、少しばかりの間はカレネロ市で休みたいと思った。上長もいくらかは認めてくれるだろう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます