第3話 7

 そうしてお茶会は進み。


「――シーラ様は本当にお美しい髪をしておいでで。

 どちらの洗髪剤をお使いですの?」


「そのドレスは<華園>製ですわよね?

 わたくしも欲しいのですが、なかなか紹介状が手に入らなくて……」


「シーラ様は勇者として、いくつもの侵災を調伏なさったのでしょう?

 ぜひお話を伺いたいわ!」


 わたしはご令嬢の皆様に取り囲まれていました。


 お姉様を見ると、優雅にお茶を愉しんでらっしゃいます。


 きっとこういう社交にも、慣れておくべきとかお考えなのでしょう。


 アーティ様は余興の支度があるとかで、今はどこかへ行ってらっしゃいます。


 ルシアもまた、<華園>のドレスを着ているからか、ご令嬢方に囲まれて目をぐるぐるしていました。


「――洗髪剤は侍女が選んでくれているので、実は詳しくは知らないのですよね。

 今度確認しておきますね」


 お化粧品などは、完全にモニカに任せきりなのですよね。


 わたし自身としては、顔になにか塗るのが鬱陶しくて苦手なのですが、令嬢としてそれではいけないのだそうで。


「紹介状に関しては、お祖父様の許可が必要でして。

 わたくしではご用意できかねますので、ハリィア様が望まれていたと、お口添えさせて頂きますわね」


 ロレッタの身に危険が及ばないように、お祖父様が厳選なさるのです。


 お姉様のオルベール家からの紹介状でも依頼できるはずなのですが、わたしを頼るという事は、きっとそちらのルートはダメだったのでしょうね。


 まあ、決めるのはお祖父様です。


 わたしは伝言するしかできません。


「――侵災調伏のお話をするのは構いませんけど……正直、オススメは致しませんわよ?」


 基本的に勇者が派遣される事態まで発展した侵災というのは、この世に現れた地獄です。


 事前に現場に到達できる事は少なくて、たいていは手遅れかそれに近い状態になってからの到達となります。


 だからこそ、わたしはカイルの所為で間に合わなかった、あの村の事が悔やまれたわけです。


「例えば、村中にを埋め尽くした蛇型の魔物の鈍色の甲殻が、黒炎に照らし出されてうごめいておりまして……」


 それだけでご令嬢方は顔を真っ青になさいます。


「シ、シーラ様はどのくらいの調伏をなさったのですか?」


「任期は一年足らずでしたが、二十くらいでしょうか?

 冒険者ギルドが言うには、稀に見る多さだったそうで。

 近々、大侵災が起こる前触れではないかと予想なさっておりましたね」


 毎月、ふたつくらいの侵災を潰して回っていた計算ですね。


 だからこそ、わたしも勇者を辞めたかったのです。


 ハードワーク過ぎです。


 侵災自体を潰すのは――あの地獄を切り抜けるのは、わたしにとって大した事ではないのです。


 ただ……調伏が終わった後の――間に合わなかった被災地を目の当たりにするのが、少しずつ心を削り取られていくような感触を覚えて……


 今思い出しても、無力感に胸を締め付けられるのです。


「……わたくし、騎士を志しているのですが、やはり女性の身では、侵災ではお役に立てないのでしょうか?」


 そう仰るご令嬢に、わたしは返答に困ります。


「そもそも男女の別なく、侵災は騎士――それも<騎兵騎>で対処するのが定石なのですわ。

 勇者派遣は緊急時の対処でして……」


 ダストア王国は近隣国家と違い、かつて銀華という存在があった為に、女性にも騎士団は門戸を開いています。


「なので、<騎兵騎>騎士になれれば、女性でも侵災で活躍できると思うのですが……」


 けれど、そのご令嬢は曖昧な表情をなさいます。


「……<騎兵騎>は、ねえ?」


 その気持ちは、わたしにもよくわかります。


 基本的に<騎兵騎>や<兵騎>は、女性には向かないのです。


 なんと言えばいいのでしょうか。


 合一した際に、サイズの合わない服を着せられているような感覚がするのです。


 わたしも<銀華>の訓練をする前に、東方騎士団所有の<騎兵騎>に乗せてもらいましたが、あれはダメです。


 <銀華>と違って、身体の感覚がズレて感じるのですよね。


「……そ、そんな女性騎士のた、為にね。

 あ、あたし、用意してみたのよ」


 と、不意に左手が引かれて。


 いつの間にか戻ってらしたアーティ様が、わたしの左手を掴んでご令嬢に恐る恐る告げました。


「アレーティア様? 用意、とは?」


 ご令嬢に問われて、アーティ様はわたしに半分隠れるようにしながらも。


「……じょ、女性騎士が<騎兵騎>で違和感を感じるのは、あ、あれらが、男性用の造りをしてるからよ。

 ウィ、ウィンスターの<銀華>もそうなんだけど、文献によれば<兵騎>には雄雌があるの。

 そして戦は男のモノって意識があるからか、い、いつからか騎士団で量産されるのは男性用が主になってしまったみたいね……」


 ふむ。


 確かに男性服を着せられては、違和感を覚えてしまいますね。


「そこで……あたしと工廠局で、文献を漁って雌型の試作をしてみたわ!」


 アーティ様はわたしに隠れながら、右の方を指差しました。


 そこには搬送用の馬車に乗せられた<騎兵騎>が横たわっていて。


「アーティ様、<銀華>と模擬戦して欲しいって仰ってたのって……」


「――そうよ! わたしと工廠局の試作雌型<戦乙女>と戦ってみて!」


 わたしの左腕を両手で抱きしめて、アーティ様は満面の笑みで仰います。


「あ、でも<神器>は使っちゃダメよ?

 それじゃ勝てないのはわかってるから」


「え、ええ。それは構いませんが……お相手は?」


 女性騎士でも連れて来てるのでしょうか?


「――わたくしが務めるわ」


 そう告げたのは、テーブルで優雅にお茶を愉しまれていたはずのお姉様で。


「アレの動作テストには、さんざんアーティ様に突き合わされたものね。

 わたくしが動かすのが良いでしょう」


 お姉様はそう告げて、ゆっくりと立ち上がります。


「――さあ、踊りましょうか。シーラ……」


 ご令嬢方が湧き上がるのをよそに。


「……ええぇぇ……」


 驚きのあまり、わたしは立ち尽くしてしまったのです。

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