第3話 6
お顔は存じ上げておりませんでしたが。
カリーナ様のポートウェル家は公爵家なので、お姉さまが仰ったように、確かに教わってます。
わたしも派閥のお勉強で知った事なのですが、一口に公爵家と言っても、二種類あるそうで。
「――まだ内定すらしていないというのに、未来の義姉を名乗るなんて。
……成り上がりは気が早くて品のない事」
お姉様がアーティ様をかばう為に牽制の
「――アリシアァ……」
畳んだ扇子がミシミシいってます。
それ、陛下から賜ったものじゃないんですか?
そんな粗末に扱っていいのでしょうか?
「――様が抜けていてよ。
成り上がりだと、言葉遣いまで品がなくてイヤね」
お姉様はなおも『成り上がり』を強調して微笑まれます。
めっちゃ楽しそうですね。
心なしか、アーティ様の顔色も戻ってきたようです。
そう。
公爵家には、二種類あるのです。
ひとつは、お姉様のオルベール家のように、王族を祖とする公爵家。
臣籍降下なさった際に作られるお家で、代を重ねても、その権威は王族に準じる扱いになります。
一方、カリーナ様のポートウェル家はというと、昇爵によって侯爵から格上げされたお家です。
五十年ほど前に、南方の魔族の国が中原全土を巻き込む戦を――いわゆる中原大戦を起こした為に、貴族が激減したりしましたので、実はこういうお家は多いのです。
どちらが強い権威を持っているかは、お姉様の態度で明らかですよね?
「ポートウェル家は青の勇者様をご支援した、由緒ある家です!
成り上がりなどと揶揄されるいわれはございませんわ!」
へ~、そうだったんですね。
勉強になりますね。
「それはご先祖の功でしょう?
今のポートウェルは――フフっ」
お姉様によれば。
ポートウェルは自領に大きな港を持っているそうで、代々、海運に力を入れてきたそうです。
青の勇者様をご支援したというのも、リュクス大河を遡上できる高速船を手配し、ホツマに攻め上ったのが功として認められたのです。
ですが、今のポートウェル家はその功績と公爵家の看板に胡座をかいていて。
まさしく成金という言葉がふさわしい、拝金主義なお家に成り下がっているそうです。
ご先祖の侯爵様は、青の勇者様に無償で最新の高速艇を用意して、自ら舵を握って死地に赴いたそうですのに。
時の流れというのは、時に残酷な事をするものですね。
お姉さまの含み笑いに、カリーナ様は顔を真っ赤にされて。
それからぼんやり事態を見守っていたわたしを見て、ふっと鼻を鳴らしました。
「成り上がりというなら、貴女が飼っているその娘こそでしょうに」
んん?
「――わたくし、ですか?
……成り上がり?」
ふむ。
「確かにわたくしは庶民として育てられましたが、ウィンスター家は成り上がりではないですよ?」
「――外国の騎士が我が国の姫を得て、爵位を賜る事が成り上がりでなくてなんだというのです?
聞けば、ホルテッサの大本家も伯爵位だそうですわね?」
「え? そうなんですか?」
正直、大本家とか気にしたことありませんでした。
そうだったんですね。
わたしが目を丸くしていると。
「――カリーナ様。
そんなにご自身の無知を晒して……もしかして市井に出回っている、馬鹿な女は殿方に可愛がられるという噂を信じてらっしゃるとか?
ですが、あれは賢いからこそ馬鹿を演じて可愛がられるというお話ですよ?」
お姉様が扇で口元を隠しながら、声だけで嘲笑します。
「そもそもホルテッサのウィンスター家はルキウス帝国時代に、彼の皇帝自らをして英雄と讃えた騎士の名家です。
政治を嫌って歴代当主が昇爵を断っているというのは有名なお話。
ダストア・ウィンスターもまた、初代銀華を娶る際に公爵として迎える話もあったのに、本家の家格を超えるわけにはいかないというウィンスター卿の意向を汲んで、伯爵位に留めたのですよ」
そうして代々、政治嫌いで自領安堵にひたすら努めてきたのが、ウチというお家なのです。
というか、お姉様、ウチに詳しすぎませんか?
大本家が昇爵断ってるお話とか、わたし知りませんでしたよ?
「事実として、ウィンスター家は本来、伯爵家ではありえない特権をいくつか下賜されておりますのよ?
……そんな事もご存じないから、成り上がりなのかしら」
口にはできませんけど。
もう一度。
お姉様、めっちゃ楽しそうですね。
「そんなだから、ルシオン殿下も婚約者を決めかねているのではないかしら?」
あ、それわたし覚えてます。
現在、ルシオン王子の婚約者候補は三人いらっしゃるそうで。
三つの公爵家で比較的、殿下と歳の近いご令嬢が候補として挙がっているのだとか。
それぞれがややこしい派閥の組み方していて、覚えるのに苦労したのです。
カリーナ様は目を吊り上げてお姉様を睨みます。
一方のお姉様は、そんなカリーナ様の視線などどこ吹く風。
ポーチから一通の手紙を取り出し。
「実はわたくしも先日、殿下からお食事に誘われてしまいまして。
お返事に困っているところですのよ」
勝ち誇るようなお姉様。
わたしとルシアは驚きの表情を浮かべ。
「え? アリー姉様が本当のお姉様になるかもしれないの?」
アーティ様も知らなかったのか、そんな事を仰って、わたし達同様に驚きの顔をなさいました。
「ねえ、カリーナ様。
殿下はどんなおつもりなのかしら?
わたくし、どうしたら良いか、迷ってますのよ」
わたしの脳内で、カリーナ様に馬乗りになってフルボッコにするお姉様の姿が見えます。
カリーナ様は歯ぎしりなさって、お姉様を睨み。
「――お、お好きになさったらよろしいでしょう!
そんな事で、わたしと殿下の絆は揺らいだりしませんわ!」
その割に、めっちゃ動揺してますよね?
「そ、そろそろ他の方にもご挨拶しなければなりませんわね。
――アーティ殿下、御前、失礼致しますわ」
そう告げてカーテシーするカリーナ様。
と、アーティ様が不意にわたしの手を握ってきて。
「……許してない」
「――は?」
「あたしはあなたに、アーティと呼ぶことを許してないわ!
――身分を弁えなさいよ!」
わたしの手を握る殿下の手に力がこもります。
「――し、失礼しました。
ご容赦くださいませ」
そうして逃げるようにして――実際、逃げてるんだけど――去っていくカリーナ様。
その背を見送って、アーティ様は深々と安堵して。
「シーラ、アリー姉様、見た?
見てくれた?
あたし、言ってやったわ!」
きっとアーティ様はずっと我慢してきたのでしょう。
その表情は、先程までの青ざめたものではなく、ひどく晴れ晴れとしたものになっていました。
「――すごいです、殿下!
わたしなんてもう、カリーナ様が、怖くて怖くて……」
ずっと黙ってると思ったら、怖くて口が開けなかったのですね、ルシア。
「ありがとう、ルシア。
あなたもお友達なのだから、アーティって呼んで。
お友達に殿下なんて呼ばれたら、なんかムズムズしちゃうわ!」
そう告げて、アーティ様は満面の笑みをルシアに向けました。
「あ、ありがとうございます。アーティ様」
緊張しながらも、ルシアもアーティ様に微笑みを返します。
……ところで。
わたしはカリーナ様が去って清々したというように、優雅にお茶を愉しまれているお姉様に視線を移します。
「……お姉様、ルシオン殿下とお食事って、つまりはそういう事なのですか?
おめでとうございます?」
途端、お姉様は鼻を鳴らして苦笑なさって。
アーティ様は声をあげて笑われました。
「――あんなシスコン、願い下げだわ」
「あのね、シーラ。
お兄様はあたしやお姉様が大好きなの。
それであたし達と仲の良いアリー姉様の事も目をかけてるのよ」
「今回も、おふたりへの贈り物はなにが良いだろうかとか、どうせそんな相談よ。
……昔からなのよね」
という事は、先程アーティ様が驚かれていたのは、演技という事なのでしょうか?
おふたりの言葉に、わたしは目が回りそうです。
派閥とは別に、ご友人という関係もあって。
貴族社会というのは、本当にややこしいものなのですね。
「……はうぅ」
わたしと同じように目を回して驚いているルシアがいてくれて、本当に良かったと思います。
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