第3話 3

 そうして初めての喫茶店を満喫しきったわたしは、ルシアと共に王都の目抜き通りを練り歩きます。


 せっかく来たのですから、もっと遊んでから帰ろうという事になったのです。


 屋台で串焼き肉を買って――お姉様に見られたら叱られてしまうのでしょうが――ルシアとふたりで歩きながら食べたり。


 小物屋さんで、おそろいのリボンを買って、お姉様へのお土産にもう一本買ったり。


「――ねえ、シーラ。

 本屋さんに寄っても良い?」


 そうルシアに問われて。


 そういえばわたし、本屋さんにも入った事がないのですよね。


 わたしはルシアに正直にそう告げて。


「本屋さん。知的な感じがして良いですね」


「……ルシアって、冒険者してた割に世間知らずだよね」


「必要を感じなかったのですよ」


 そうしてわたし達は本屋さんへと入ります。


 ふむ。


 図書館と似た、埃とインクの混じったような匂いがしますね。


 違うのは、書架に並べられているのが学術書や教本などではなく、小説が主というところでしょうか。


 物珍しいので、わたしはルシアと別れて店内を眺めてまわります。


 そもそも村に居た頃は、本とは縁遠い生活だったのです。


 二週間に一度訪れる行商人が、村唯一の雑貨屋さんに雑誌などは卸していましたが、それは雑貨屋のおじいさんが趣味で仕入れているもので、売れているのを見たことがありません。


 冒険者になってからも、わからない事があったらギルドの受付で聞けば、だいたいは教えてくれましたし。


 ウィンスターの家に入るまで、わたしは本とは関わりのない生活をしていたのです。


 当然、本屋さんに入る機会もありませんでした。


「あ……青の勇者様だ。

 これはウチにもありましたよ」


 五十年前の中原大戦で、魔王を討ち取った勇者様のお話です。


 ウチにあったのは絵本でしたが、小説もあったのですね。


 良い機会なので、これは買っておきましょう。


「――シーラ、これ! コレ!」


 いつの間にかやってきていたルシアが、目の前に本を差し出してきます。


「なんです、ルシア。

 ……銀の華のお姫様っ!? これって……」


「そう! 銀華様のお伽噺!」


「――お伽噺っ!?」


 思わず大声を出してしまって。


 わたしは口元を押さえて、他のお客様に愛想笑いを浮かべます。


「シーラってズレてるところがあるから、ひょっとしたら知らないんじゃないかなぁって」


「ズレてるとは失礼ですね」


 まあ、自覚はありますけど。


「でも、知らなかったんでしょう?

 初代の銀華様が本になってるって」


「……はい」


 なんでも大昔。


 ダストア王国は大侵災に見舞われたそうで。


 侵源からあふれ出る魔物に、王国は滅亡の憂き目にあったのだそうです。


 そんな時に救いの手を差し伸べてくれたのが、隣国のホルテッサ王国でした。


 魔境を数多く抱える彼の国は、侵災に苛まれるダストア王国を見て見ぬ振りができなかったそうで。


 ――まあ、ダストア王国で抑えられなければ、魔物がホルテッサにも流入するという政治的な意図もあったのかもしれませんが。


 ホルテッサ王国は、ダストアに騎士団を派遣してくれたのだそうです。


 その時の団長を務めていたのがウィンスターの初代だったというわけですね。


 王女という立場ながら民を励まし、自ら前線に立っていた銀華とウィンスターは手を取り合って侵源に挑み、見事調伏を果たすというあらすじだそうで。


「――もうダメと諦めかける時に駆けつけるウィンスター卿と抱き合うシーンなんて、もうね、もうねぇ!」


 ルシアがすごく興奮しています。


 でも、わたしにはいまいちピンと来ないのですよ。


 ウィンスター家が今も存在している以上、それに近い出来事は確かにあったのだと思うのですが。


 実際に侵災調伏した事のある身としては。


「あの地獄みたいな場所で、色恋考えてる余裕なんてないと思いますよ?

 ドキドキしたというなら、それは戦闘の興奮です」


 ああ、それを恋と勘違いしたのかもしれませんね。


 ギルドの受付のお姉さんが、男性冒険者の恋愛相談に乗ってあげてた時に言ってましたね。


 ――吊橋効果って言うんでしたっけ?


「もう、シーラはロマンがないなあ。

 ――ちなみにこんなのもあるよ?」


 と、ルシアがもう一冊、取り出してきます。


「――銀の女剣士……」


 ……ああ、これは。


 中を読むまでもありません。


 きっとお母様をモデルにしたお話でしょう。


「これはねぇ――」


 先程と同じようにあらすじを語ろうとしたルシアに、わたしは手を突きつけて遮りました。


「わたくしのお母様のお話なのでしょう?

 この異名は地元の騎士達に聞かされていましたので」


 ……とはいえ。


 内容に興味がないわけではありません。


 駆け落ちした負い目からか、わたしの両親はあまり過去を語らない人達でした。


 領で騎士や使用人達に、いろいろと尋ねてはみたのですが、どれも胡散臭い話ばかりでして。


 確かにわたしは世間知らずですけど、いくらなんでも子供の集団がパルドス王国のスパイ組織を摘発して壊滅させたなんて話を真に受けたりはしないのです。


 ふむ。


「……良い機会かもしれませんね」


 使用人達の話が本当かどうかを確かめる。


「あら、買うの?」


 わたしは三冊の文庫本を抱えて会計カウンターに向かいます。


「はい。ルシアは?」


「――わたしはこの新刊!」


 と、ルシアが差し出したタイトルを見て、わたしは苦笑してしまいます。


 竜の王子と――シリーズ。


「ルシアはそのシリーズが本当にお好きなのですね」


 キラキラした男性達がたくさん出てくるお話です。


 主役の黒髪の王子様がやたらへたれで、それを周囲のキラキラした側近達が叱咤しつつも毎回事件を解決するそうで。


 男は筋肉があってこそと考えるわたしには、理解のできない世界です。


「――噂なんだけどね、コレ、お隣の国の実話を元に書かれてるらしいよ」


「お隣というと……ホルテッサですか?」


 ……ふむ。


 そういえばホルテッサの王太子は、アベルに婚約者を寝取られたのでしたか。


「……失恋のショックで男色に走りましたか。哀れな事です」


 とはいえ、そういう嗜好が存在する事を否定する気はありません。


 ルシアのように、そういう嗜好の殿方を好意的に応援している方もいらっしゃる事ですしね。


「遠い異国の地からではありますが……ルシアの応援が届くと良いですね」


「シーラ、絶対に変な事考えてるでしょう?」


 そんな会話をしながら、わたし達は会計を終え。


 それぞれが買った本の入った紙袋を抱えて、本屋さんを出ました。


 初めての本屋さんでしたが、色々な発見があって良かったですね。


 またお休みの日に来てみるのも良いかもしれません。


 今度はモニカも連れてきましょう。


「――さて。それではそろそろ帰りましょうか?」


 太陽もだいぶ西に傾いてきています。


 今から帰れば、学園に着く頃には夕方になっているでしょう。


「そうだね。そろそろ……」


 ルシアも同意して、乗り合い馬車の停留所に向かおうとしたところ。


「――えー? もう帰っちゃうのー?」


「俺達ともっと遊ぼうよー?」


 と、そんな軽薄な言葉と共に、男ふたりがわたし達の進路を塞ぎました。


「――君、可愛いよね。

 俺達、仲良くなりたいなぁ」


 ルシアが可愛いのは、わたしも認めるところです。


 これはきっと、ギルドの受付のお姉さんが気をつけなさいと言っていた、ナンパというやつです。


「――シーラ……」


 顔を強張らせたルシアが、わたしに身を寄せてきます。


「大丈夫ですよ。ルシア」


 わたしがルシアに微笑み。


「へー、シーラちゃんとルシアちゃんかぁ」


 男の片方が馴れ馴れしくわたしの肩に手を置こうとしたので。


 ――とうっ!


「――あだだだだだっ!?」


 その手を弾き、男の顔面を右手で握りました。


「……受付のお姉さんは言ってました」


 男を吊り上げ、わたしはもう片方に振り返ります。


「テメ、なにを! そいつを離せ!」


 身構えるそいつにわたしは静かに告げます。


「――女を食い物にするナンパ男には制裁を、と!」


 勇者時代から、わたしはこの教えを守ってきたのです。


 ――さあ、覚悟なさい、ナンパ男達。

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