第3話 2

 そんなわけで、お祖父様の手紙を受け取った次の休日。


 わたしは街へと出かける事にしました。


 ルシアも一緒です。


 なんでも、お茶会の件を手紙でご両親に相談したところ、ドレスは新調するように返事があったそうで。


 ――わたしと一緒ですね。ふふふ。


 ところがルシアには、肝心のデザイナーのツテがないとの事で。


 どうせならと、わたしがお祖父様に指示されているお店を紹介する事にしたのです。


 王都郊外にある学園の前から乗り合い馬車に乗って、王都の目抜き通りにやってきます。


 王都の中心部はお城を真ん中に、階段状に丸く広がっています。


 目抜き通りの建物の間の通りからは、南に広がるオルシア湖がキラキラと眩しく輝いているのが見えました。


 良い天気です。


 絶好のお出かけ日よりですね。


「ふあぁ……いつ来てもすごい人だよねぇ」


 ルシアはため息をつきながら呟きます。


「わたくし、実は王都のお店は初めてなのです。

 ルシアはよく来ますの?」


 勇者認定された時に王都に連れてこられたけど、あの時はお城の送迎付きで、終わったら元の街まで送ってくれましたからね。


 そもそもあの頃はお城の呼び出しにカチコチになっちゃってて、観光したいとかそういう事まで考えられなかったのです。


「お小遣いが入った時に、時々だけどね。

 オススメの喫茶店があるの。

 帰りに寄っていきましょう?」


 ――お友達と喫茶店!


 なんともご令嬢らしい響きです。


 考えてみたらわたし、喫茶店なんて入った事がありません。


 勇者時代は野営生活が基本で、宿の食堂か酒場も兼ねた大衆食堂でしか食事した事がないのです。


 なので、ルシアのお誘いにすごく心が弾んでしまいます。


「ぜひ! なんでしょう、喫茶店って大人って感じがしますね」


「わたしはデザイナーにドレスを直接発注しにいく方が、大人の女性って感じがするよ」


 お互いの認識の差に顔を見合わせて笑い合いながら、わたし達は目抜き通りを進みます。


 お祖父様の手紙にあった、服飾店<華園>はこの辺りのはずです。


「金の薔薇に銀の百合の看板……アレだね!」


「え? ええっ!? シーラ、あそこって――」


 わたしはルシアの手を取ってお店に踏み込みました。


 ドアベルに気づいた店員さんが顔を上げ。


「――いらっしゃいま……シータ様!?」


 挨拶を途切れさせて、不意にお母様の名前を呼びました。


 それからはっと気づいたように首を振り。


「違う……そうか!

 あなた様はシーラ様ですね? シータ様のお嬢様の――」


 赤に近い茶髪の前髪を掻き上げ、店員さんはわたしを見つめます。


「ええ、シーラ・ウィンスターと申します。

 こちらは友人のルシア・ミンクス。

 ここは<華園>で……間違いないようですわね?」


 わたしが名乗ると。


 店員さんは、今にも泣き出しそうな表情をなさって、肩を震わせました。


「ええ。ええ、そうです。

 ここが服飾店<華園>。

 あなた様のお母様とアレクシア・オルベール様によって作られた、淑女を彩る為の花園です」


 そこまで言い切って。


 店員さんは感極まったように泣き崩れてしまったのです。


「ええ!? あ、あの――

 ああ、ルシア、どうしましょう?」


 と、見ると、ルシアは胸の前で両手を組み合わせて、うっとりと店内を見回しています。


 ――なんだこのカオス。


 ど、どうしましょう?





 店員さんはロレッタさんと仰るそうで。


 なんとか泣き止んだロレッタさんは、わたし達をお店の裏にある作業場に案内してくれました。


 作業場と言っても、ご令嬢がドレスの発注の際に使われることもあるそうで、室内は綺麗に整頓されています。


 休憩用と思しきテーブルに座らされ、わたしとルシアはお茶でもてなされました。


「――お恥ずかしいところをお見せしました」


 ロレッタさんは頭を掻きながら、わたし達の正面で苦笑します。


 なんでもロレッタさんは、ウィンスター領の孤児だったそうで。


 幼い頃から領都を駆け回って遊んでいたお母様とは、幼馴染なのだそうです。


 なんでも同じ孤児院の孤児達の服を繕ってやっているところを見て、お母様がその才能を見出したのだとか。


「そこから服職人に弟子入りの手配をしてくださって。

 シーラ様のデビューのドレスをお任せ下さった時は嬉しかったなぁ……」


 その時のドレスをお姉様のお母様が、たいそうお気に召したそうで。


 暴走する二人の令嬢の手によって、あれよあれよという間にお店を持たされてしまったのだそうです。


 その結果、いまでは王都で知る人ぞ知る一流ブランドというのですから、お母様達はすごいですね。


 わたしのデビューのドレスもロレッタさんの手によるものです。


「写真と寸法だけでのイメージだったので、至らないところがあったらと不安でした」


 そう謙遜なさるロレッタさんですが、あのドレスは素晴らしいものでした。


 ワインで汚したカイルのクソや――んんっ! カイルにキレるくらいに素晴らしかったのです。


「……それでその――王女殿下のお茶会でのドレスなのですが……」


「お任せ下さい!

 写真でお嬢様のドレスのイメージは、それこそ湯水の如くデザインが湧き出ていたのです!

 実際にお姿を拝見させて頂いた今、わたしは無敵です!」


 なんかめっちゃ早口で、すごい事言ってます。


「ルシアのも間に合います?」


「シーラ様のご友人をないがしろにするワケがないでしょう?

 お任せ下さい!

 きっと美しく咲き誇らせてご覧に見せますよ」


 胸を叩いて請け負って。


 ロレッタさんはわたし達を採寸し、それから前後左右から印画の魔道器で写真を撮りました。


「――当日の朝には学園にお届け致します」


 さっそく作業に取り掛かってくれるそうで。


 他のお客様の作業はよろしいのですかね?


 まあ、彼女もその道のプロです。


 きっとどうにか都合を付けるのでしょう。


 わたし達はお礼を言って、<華園>を後にしました。


 そうして約束通りに喫茶店に入ります。


 んふふ。


 ――喫茶店。


 今のわたしは大人の女です。


「はあぁ……わたしなんかが<華園>のドレスを着られるなんてぇ……」


 店内にいる間から、ずっとうっとりしていたルシアが、ようやく現実に返ってきて呟きます。


「――シーラ、本当にありがとう!」


 ルシアは本当に嬉しそうに、わたしの手を握りしめてそう言いました。


「よ、良かったですわね?」


 よくわかっていないわたしに気づいたのか、ルシアは呆れたようにため息をつきます。


「シーラはお家のお抱えだから、知らないのね……

 あのね、<華園>のドレスは、わたし達くらいの乙女の憧れのブランドなのよ?」


 なんでも、ロレッタさんに気に入られないと、いくら金額を積まれても作ってもらえないのだとか。


 パトロンにオルベール公爵家とウィンスター伯爵家がついている為、強硬手段に出るわけにもいかず、その希少価値は天井知らずなのだそうで。


「……ふぅん」


 正直なところ。


 わたしはドレスのデキより、今目の前にある真っ白な生クリームに覆われたケーキに夢中なのです。


 ウィンスターのお家に入るまで。


 ケーキというのは、年に一度、誕生日にだけお母様が作ってくださる特別なモノというイメージを持っていたのです。


 むしろそれ以外の日は食べてはいけないものだと教えられていました。


 ですが、今のわたしは知っています。


 ケーキは食べたい時に食べて良いのだと!


 お母様はウソつきです!


 わたしはホールまるごと頼んだケーキを、端から崩していきます。


「……そんなに食べたら、太っちゃうよ?」


「わたし、太るって感覚が理解できないので大丈夫です!」


 朝晩、きっちり走っていれば栄養はすべて筋肉になるって、お父様も言っていました!


 太るのは怠惰の証なのです!


「うわぁ……それ、よそでは言わないようにね」


 ルシアがなにを心配しているのかわかりませんが、とりあえず心配してくれているようなので、わたしはうなずいておきます。


 ああ、ケーキ……本当においしい。


 ルシアに呆れ顔で見つめられながら。


 わたしは至福のひとときを過ごしたのです。

 

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