第3話 4
抱えていた紙袋をルシアに投げ渡し。
わたしは空いた左手でもうひとりへの頭も掴みます。
お母様のように熊をキャン言わせたくて、握力を鍛えまくってたのですよね。
「――いででででで! マジいでええええ」
ちなみにわたしは双剣使いのスタイルです。
当然、握力は左右同様に鍛え上げているのです。
男達は宙吊りにされてジタバタともがきますが、それしきで逃がすわたしではありません。
男達の苦痛の声が悲鳴に近くなったのを確認してから。
わたしは男達を地面に落とし。
「さあ、これに懲りたらさっさとお行きなさい」
わたしは地面に座り込んで、こめかみをさすっている男達を見下ろして告げます。
「――女にナメられて、引き下がれるか!」
男達はそう叫んで立ち上がり、拳を構えました。
ふむ。
良い根性ですね。
「――おい、まずはあっちの娘からだ!」
……撤回です。
やはり受付のお姉さんの言っていた通り、ナンパ男というのはクズなのでしょう。
「させると思いますか?」
わたしは右手を振るって、ルシアの周りに結界を張ります。
虹色の多面体がルシアを包み込みました。
「――ま、魔法だと!?」
わたし、攻性魔法は苦手なのですが、結界や身体強化は得意です。
攻性魔法が苦手なのは――
「――えいっ!」
ルシアに向かって駆け出した男の片方に、背後から飛び蹴りを仕掛けます。
「ふげっ――!?」
倒れた男を足場にさらにもう一度跳躍して、身体をひねり、もうひとりの後頭部に回し蹴り。
「がぁ――っ!?」
もうひとりの男も地面に転がりました。
――このように、魔法を使うよりぶっ飛ばした方が早いからなのですよね。
気づけば周囲には人だかりができていて、観衆から拍手が飛びました。
「……さて――」
わたしは男の襟首を掴み上げ……
「――待て待て待て!
これ以上、なにをするつもりだ!?」
と、不意にわたしの肩を掴んで、背後から声が駆けられました。
見ると、金に近い薄い茶髪をした男性が立っています。
まったく気配を感じませんでした。
ふむ。
「……なにって、二度とナンパなんて考えられないように、男性としての機能を奪うのですよ?
――正当防衛というヤツです」
受付のお姉さんの教えのひとつです。
「――明らかに過剰防衛だろうっ!?
……綺麗な顔して、恐ろしい事を言う奴だな……」
「そういうあなたはどちらさまですか?
この者達のお仲間というなら……」
わたしの殺気を感じたのでしょう。
「待てっ! 待て待て!
――俺はこういう者だ」
彼はジャケットを開いて、その裏に留めた騎士の徽章を示して見せました。
なるほど。
非番の騎士様だったのですね。
わたしの背後を取るのですから、そうとうお強いのでしょう。
「――ガルシア・ランスターと言う。
女性が男に襲われていると聞いて駆けつけたのだが……
どうやら君に話を聞かなければならないようだな」
ノビた男達を見回して、ガルシア様はため息をつきます。
「……事情聴取、ですか」
不思議な事に。
受付のお姉さんの教えを守ろうとすると、なぜかいつもそうなるのです。
わたしはルシアに首を巡らせて。
「――ルシア。申し訳ありませんが、先に帰っていてください。
わたしはどうやらこの人と行かなければならないようです」
非常に不本意ですが。
観衆をかき分けて、衛士達がやってきて、わたし達に絡んできた男達も捕縛していきます。
ガルシア様が彼らに指示を出している事から、ルシアも察したのでしょう。
「……寮監とモニカさんには、うまく言っておくね」
そこだけは本当によろしくお願いします。
寮監様は、怒ると非常に怖いお方なのです。
目抜き通りの端にある衛士の詰め所へと、わたしは連れてこられました。
いろいろと聞かれましたが、わたしは後ろ暗い事など一切ないので、ありのあままを答えましたとも。
なんですかね?
衛士さん達もガルシア様も、呆れたような苦笑のような複雑なお顔をなさってます。
「――そういう時は、女性は助けを呼んだ方が良い」
「ですが、ぶっ飛ばし――肉体言語でご理解頂いた方が、よほど早いですわ」
わたしの言葉に、ガルシア様は再び苦笑なさいます。
「……なるほど。
これがウィンスターか……」
「――あら、ウチをご存知で?」
「騎士で知らない者はいないはずだ。
東方騎士団の頭のおかしさっぷりは……」
ふむ。
まあ、ウチの騎士団は確かによそに比べて、多少……そう、ほんの少しだけ色々とアレですものね。
「……そこの姫ともなれば、こうなるのも当然か」
「そこは厳に異論を唱えさせて頂きますわ。
――騎士達がアレなのは認めますけれど、彼らと一緒にされたくはありません」
そう。
わたしは淑女を目指しているのですから。
荒くれ者の多い冒険者達ですら、ビビって道を譲るような、あんな連中と一緒にされたくはないのです。
良い人達ではあるんですけどね。
多分、お母様のお腹の中に、おつむのネジを二、三本落としてきちゃったのでしょう。
わたしの反論にガルシア様は喉を鳴らして笑います。
なにか小馬鹿にされているようで、良い気がしませんね。
と、そんな時。
「――そろそろ良い?」
取調室のドアが開いて、ひとりの少女が顔を覗かせます。
綺麗な金髪をツインテールにした少女で――
んん? この子、どこかで見た事あるような……
「――姫様、お待ち下さいと申したはずですよ」
ガルシア様が少女をたしなめますが……姫様!?
「――あっ! 妹姫様っ!」
お化粧があの夜会の時と違っていたので、すぐには気づけませんでしたが、言われてみれば確かにそうです。
わたしは椅子から立ち上がって、慌てて跪こうとしましたが、妹姫様は手を振ってそれを遮りました。
「良いのよ。
今日はお忍びだから、礼は不要よ」
そう告げて、先程までガルシア様が座っていた椅子に座ります。
ガルシア様はそのすぐ横に立ちました。
「座って、シーラ。
街での騒動、見させてもらったけど、あなたって本当に強いのね」
まさか見られていたなんて。
これは褒められたと考えて良いのかしら?
「――きょ、恐縮でございます」
とりあえず、当たり障りのない答えを返して、わたしは礼をする。
そんなわたしを妹姫様はにこにこと見つめていて。
「あ、あの……なにか?」
黙っているものだから、居心地が悪くて、わたしは思わず尋ねてしまう。
「いえ、本当に綺麗な子だなぁって」
……ホントウニキレイナコダナァ。
「――へぃ?」
「あら、自覚がないの?」
そんな事言われた事がないので、どう返事をしたものか。
確かに最近は毎日お風呂に入れるし、髪もモニカがちゃんと手入れしてくれるから、綺麗といえば綺麗なのかしら?
勇者時代の着の身着のままを思えば、不潔にはしてないわ。
きっとそういう意味での綺麗ですよね?
「……あ、ありがとうございます?」
わたしが曖昧な礼を述べると、妹姫様は楽しげに笑った。
「まあいいわ。
それよりシーラ、あなたもお姉様のお茶会に来るわよね?」
「あ、はい。お姉様――アリシア様からお誘い頂いて、本日、ドレスを注文してきたところです」
「良かった!
あのお茶会ね、あたしがお姉様にお願いしたものだったの!」
ふむ?
「あたしね、あなたとお友達になりたかったのよ!
あー、お茶会まで待てないっ!
ね、良いでしょう?
――お友達になりましょう?」
可愛らしく上目遣いで小首を傾げられる妹姫様。
これを誰が断れるでしょうか。
一瞬、お姉様に仕込まれた派閥の円の数々が浮かびましたが。
それは即座に吹き飛んでしまって。
「わ、わたくしでよろしければ喜んで」
わたしがそう告げると、妹姫様は歓声をあげてわたしの手を取ったのです。
妹姫様って、案外お転婆さんだったのですね。
夜会の時は大人しめな印象だったのですが。
「――お友達になったんだから、あたしの事はアーティって呼んでね?
それでね、シーラ。
あなたにお願いがあるの!」
アーティ様はわたしの手を両手で握り、ぶんぶん振りながら熱っぽく言います。
「お姉様のお茶会の時にね――」
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