第2話 9

 紳士淑女の皆様が、期待に満ちた顔で壁際まで下がった。


『シーラ……君のようなお嬢さんに、なんでこんなマネが!』


 床に突き刺さった剣を引き抜きながら、サルがそんな事を言う。


「――まだわからないの?」


 わたしはいい加減呆れながら、ポーチからハンカチを取り出して髪をアップテールに結わえる。


『――シーラっ!? おまえ、あのシーラだったのかっ!』


 こいつ、顔と髪型が一致しないとわからないのか?


 本当に残念な頭だ。


『こんなトコにまで現れて! また俺の邪魔をしようというのか!』


 またもなにも。


「わたし、あんたの邪魔なんかしてないでしょう?」


『――おまえ達が俺をパーティから追い出した所為で、俺がどんな惨めな思いをしたか!

 勇者に捨てられた男と蔑まれたんだぞ!?』


「それこそ自業自得でしょう」


 ポーチを足元に落とし、わたしは胸の前で拳を握りしめる。


「――目覚めてもたらせ。<幻影神器シルエット・レガリア>」


 銀光がわたしを包んで。


 ドレスが解けて銀の戦闘礼装バトル・ドレスに代わり、銀のヒールが脚を包む。


 両手に現れる双剣もまた銀。


「――銀華だっ!」


 誰かが叫んで、どよめきが起こる。


『な、なぜだ! 神器は王族の力だろう!?

 ――なぜ、おまえが使えるっ!?』


 サルがまた頭の悪い事を叫ぶ。


「どこでそんな事を教えられたのかは存じませんが。

 これはウィンスター直系女子に伝わる力。

 そして、わたくしは役目を果たすのみです」


 右の銀剣を掲げて、<古代騎>に切っ先を突きつけます。


『以前でさえ俺にかなわなかったおまえが、俺に勝てるものか!』


 <古代騎>の剣が振り下ろされ、わたしは左の銀剣でそれを受ける。


 激しい金属音がホールに響いて、豪風が駆け抜けた。


 ――くっ。


 元勇者だけあって一撃が重い。


 カイルの攻撃さえ受け止められた銀剣が軋む。


 わたしは左足を引いて、<古代騎>の攻撃を左に流した。


 確かにこのままじゃキツイ。


 だから、わたしは右手の指輪を意識する。


「――来たれ、<銀華>」


 わたしの背後に魔芒陣が開く。


「――見られるの!? 来てよかった!」


 妹姫様の興奮したような声。


 現れるのは、ウィンスター令嬢に代々受け継がれてきた、世にも珍しい雌型<古代騎>だ。


 銀の髪の女性らしい丸みを帯びた、黒い素体そのままの姿が現れて。


 その胴が横に開いてわたしを呑み込む。


 鞍に座ったわたしの顔に面が着けられて。


「さあ、お披露目よ。

 ――派手に行きましょう。<銀華>!」


 無貌の面に蒼の文様が走ってかおを結ぶ。


『――そんな素っ裸の<兵騎>で、俺の<古代騎>の相手ができると思うのか!』


 叫びながら、剣を突き出してくるサルの<古代騎>。


「――咲き誇れ! <銀麗晶華アーク・メイデン>っ!」


 弾けるように銀晶の花びらが舞い飛び。


「――なっ!? う、動け!」


 前突きの姿勢のまま、<古代騎>がその場に縫い留められる。


 花びらは渦巻くように<銀華>を包み、銀の戦闘礼装バトルドレスが騎体を鎧う。

 面を縁取るように銀華の額冠が覆った。


「――きゃあーっ! <銀華>のドレスアップ!

 まさかこの目で見られるなんて!」


 ――妹姫様、お詳しいですね。


「さあ、アベル。踊りましょうか?」


 銀の双剣が<銀華>の両手に握られて。


 わたしはゆったりと一歩を踏み出す。


 下から上に左の剣を振り上げると、銀晶の花びらが舞い散って、突き出されたままの<古代騎>の剣が寸断された。


『――なにが!? なにが起きてるんだ!?』


 ようやく自由になった<古代騎>が、柄だけになった剣を取り落して、よろめくように数歩後ずさる。


「乙女の誘いを断るなんて無粋ね。アベル」


『――やめろ! 来るな!』


 そうはいかない。


 あんたが<古代騎>の主となっている以上、それは徹底的に破壊しなくちゃいけないんだ。


 あんたにそれを持たせてたら、絶対に悪用するからね。


 だから。


 わたしは<銀華>と合一した事で使える喚起詞を口にする。


「――舞い踊れ! <銀麗晶華アーク・メイデン>ッ!」


 周囲の風景が、まるで切り取られたように一面の銀華咲き誇る花畑へと転じて。


 銀晶の花びらが刃となって<古代騎>を襲う。


 わたしは踊るように双剣を振るって。


 ――無数の銀閃。


 そして音楽のように鳴り響く金属音。


 次の瞬間には、<古代騎>は細切れに切り刻まれた鉄くずとなって床に落ちた。


 アベルもまた、驚愕の顔で床に転がり落ちて。


「嫌だ! 鉱山送りはもう嫌だっ!」


 それでもまだ逃げようとするサルの目の前に剣を突き立てて、わたしは<銀華>の鞍を飛び降りる。


「……過去の事は置いておいたとして。

 わたくし、どうしても許せない事がございますの」

 ――その弱いおつむでわかりますかしら?」


 サルの襟首掴んで引き上げて。


 わたしはヤツに問いかける。


「わ、わからない!

 ――なんだ? おまえを選ばなかった事か!?」


 気持ち悪すぎて、ヤツの背後の剣に頭を叩きつけてやる。


 ついでに目を覚ますよう、左手で頬を張ってやった。


「夢は寝て見るものですわ。

 どういう思考をしたら、わたくしがあなたのようなおサルさんを好きになると思うのです?」


 もう一度頬を張って、わたしは嘲笑した。


「わかった! 王家に背いた事だ――ぅぶっ!?」


 グーで行ってやった。


「本当にわからないのですね。

 お姉様を妾などと、おまえ程度がイキって!」


 腹に膝を。


 落ちた顎にさらに膝。


 両手を合わせて後頭部に振り下ろす。


 お母さん直伝の近接格闘術だ。


 本当に――わたし、本当に悔しかったんだ。


 こいつごときがお姉様を見下すのが。


 床に落ちそうになるサルの後ろ襟を掴んで、わたしはトドメの一撃を狙い定める。


 母さんに教わった、対男性用の必殺攻撃。


、二度と使えないようにしてやる!」


 銀のヒールで股間を一気に蹴り上げ、膝が鼻先に迫るほどに振り切ってやった。


「――――ッッっ!?」


 サルは声にならない悲鳴をあげて宙を飛び。


 ホールの壁にぶつかって床に崩れ落ちた。


 やだ。


 ビクビク動いてるのが気持ち悪い。


「……銀華だ」


「――本当に銀華様だわ」


 壁際の貴族達がざわめく。


 <銀華>を背後に、わたしは結わえた髪をほどいて。


 深呼吸ひとつ、自身を落ち着かせます。


 姫様方と公爵閣下、そしてお姉様にカーテシー。


「これにて舞いは幕となります。

 皆様、ご満足頂けましたでしょうか?」


 ホールに万雷の拍手が鳴り渡り、銀華の名を呼ぶ声が幾重にも響きます。


 それらの拍手より、わたしはお姉様の笑顔と。


「――ご苦労さま。シーラ。素晴らしかったわ」


 その労いの言葉が、なにより嬉しかったのです。

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