第2話 2
アリシア様に連れてこられたのは、上級貴族が利用できるサロンで。
そのテラスに設けられたテーブルに、わたしとアリシア様は向かい合って座った。
サロン付きの女給がお茶やお菓子を用意してくれる。
伯爵とはいえ特殊な立ち位置にある、ウィンスター家の娘のわたしも、このサロンを利用する権利があるらしいのだけれど。
元々、数ヶ月前まで庶民だったわたしの感覚としては、どうしても敷居が高く感じられてしまう。
カップを傾け、一息ついたアリシア様はいくぶん落ち着かれた様子で、わたしを見据えている。
わたしもお茶をいただき、クッキーをひとつまみ。
考えてみれば、今わたし、アリシア様とふたりでお茶会できてるのだわ。
これってすごく幸運な事なのでは?
「――それで? 教えて頂けるかしら?」
家庭教師の先生から、貴族とは持って回った言い回しをするものだと教わっていたのだけれど。
アリシア様は実に率直に、そう尋ねてきた。
まあ、隠すような話でもないのだけれどね。
「……実は陛下やお祖父様と約束させられてまして」
――あくまで『可能な限り』という建前はついていたのだけれど。
陛下のお言葉である以上、それは厳守しろという事だと、お祖父様は言っていたわね。
「淑女たるもの、些細な事で力を振るってはいけないのだとか。
口には口で、というのが淑女のやり方だと……」
そうして口でやり返す方法を知らない未熟なわたしは、この一週間、面倒になって陰口を叩く連中を放置していたの。
「今のところ実害はないですしね。
……わたくしが庶民育ちなのも、未熟なのも事実ですし」
不満は貯まるけれど、それはわたしが我慢すれば良いだけの話。
下手に反論しようとすると、庶民言葉が出てしまいそうで怖いというのもある。
それをまた揚げ足とられてしまいそうで。
けれど、アリシア様はカップを置いて、ため息をつかれた。
「だからと言って、お母様を虚仮にされてまで黙っている事はないでしょう?」
「――あの、アリシア様は母をご存知なのですか?」
わたしの問いに、彼女は首を横に振る。その些細な仕草までが様になっていて、思わず見とれてしまうほど。
「直接は存じ上げませんわ。
けれど、わたくしの母が大変お世話になったそうです。
……ですので、幼い頃からわたくしは、目指すべき淑女として彼の銀華様を敬愛しているのですわ」
うわー、あの母さんが目指すべき淑女?
おっと、思わず素が。
「その……わたくしは令嬢としての母をあまり存じ上げていないのですが……アリシア様がそれほどまでに仰られるほどだったとは思えないのです……」
わたしの知ってるお母様は、村に出た熊をアイアンクローで吊し上げて、キャンキャン鳴かせている豪傑な女だ。
子供の頃は、大人になればわたしもできると信じていたのだけれど、今はあれがいかに頭のおかしい姿か理解できる。
だってあの熊、その後、お母様をボスかなにかと認識して、狩った獲物を献上しにくるようになったもの……
そんなお母様だから、武の面で憧れるというのなら理解できるのだけれど。
アリシア様は淑女として憧れていると仰った。
イマイチその感覚が理解できない。
わたしの中での『銀華』とは、圧倒的な武力を誇る令嬢の異名という認識なのだけど。
「……庶民に混じるに当たって、あえてその立ち居振る舞いをお隠しになってらっしゃったのですわね。
母から聞かされた銀華様は、当時、誰もが憧れる令嬢の中の令嬢だったという話ですわ」
そうしてめっちゃ早口で語られる、令嬢時代のお母様の武勇伝。
……絶対に誇張されてると思う。
悪辣な令嬢や令息に決闘を申し込んで、代理人を立てずに自らが立ったというのは、まあわかるわ。
あのお母様だもの。
ウィンスターで昔から鍛えられていたでしょうしね。
おかしいと思うのは。
歩いただけでケンカしていた人達が笑顔になったとか。
お茶会や夜会にお母様が参加すると知れると、追加申し込みが殺到して倍に膨れ上がるだとかいう話だ。
うっそだぁ……
唖然とするわたしに、アリシア様は熱っぽく語り続ける。
「――そんなわけで、わたくしとしては銀華様を虚仮にされるのは許しがたい事ですの!
それでも他人のわたくしが口を出すのは差し出がましいと思って、今日まで堪えてきたのですが、あなたはまるで反論なさらないのですもの!
もう、口惜しくて口惜しくて!」
それでついに暴発してしまったと。
アリシア様の意外な一面を見れて、わたしはつい嬉しくなってしまう。
繊細そうに見えて、この方、意外と熱い精神を持ってらっしゃる。
「あなたの事情は理解しました。
なら、わたくしがあなたを鍛えて差し上げます!」
「――へい?」
「要はあなたが、あの方々を黙らせられるだけの令嬢になれば良いだけですわ!」
アリシア様は拳を握って立ち上がる。
「来月にわたくし主催でお茶会を開きます。
それまでに陰口など叩けないよう、徹底的に仕上げてみせますわ!」
令嬢として目指すべきお方に直接指導して頂けると聞いて、わたしの心が燃え上がる。
「ぜひ、よろしくお願い致します!」
そうして握手を求めると。
「――そこは腰を落としてカーテシーするのです!」
指導はすでに始まっていたらしい。
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