銀華のつぼみ、金薔薇と出会う

第2話 1

 冬越しの宴からひと月ちょっと。


 わたしは無事に学園に入学を果たしていた。


 ダストア王国の貴族子女は、十五歳から十七歳までの間に、学園に三年間在籍する義務か課せられている。


 お隣のホルテッサ王国なんかだと、幼年学校は七歳から。貴族学園は十五歳から一律と決められているようだけれど、ダストア王国は貴族の力が強い為か、御家の事情が考慮され、入学時期がゆるゆるになっている。


 同じ一年生でも年上の人がいるという事だ。


 まあ、十三歳から冒険者をやっていたわたしにとっては、年上との交流は慣れたもの――と初めは考えていたのだけれど……


「――シーラ様は庶民育ちなんですってね」


「銀華などと呼ばれていても、所詮は庶民上がりの騎士と駆け落ちした母親の子供ですもの」


 などという声があちらこちらからあって、思うように親交を深められてはいない。


 直接手を出してはいけないと、お祖父様に厳命されているから、ぶっ飛ばす――実力行使に及ぶわけにもいかなくて、入学一週間目にして、わたしの不満はすでにピーク状態だ。


 面と向かって言ってくれれば、反論の余地もあるのだけれど。


 彼ら彼女らは陰でこそこそと、それでいてわたしに聞こえるように囁くものだから、タチが悪い。


「シーラ様、あまり気にしないでね……」


 そう隣の席から声をかけてくれるのは、ルシア・ミンクス男爵令嬢。


 冬越しの宴でカイルのバカに絡まれていた子だ。


 入学式で再会して、同じクラスだとわかって仲良くなったの。


 彼女に限らず、あの宴に参加していた人達は比較的、好意的にわたしに接してくれる。


 けれど、御家の力関係やら繋がりなどもあって、ルシア様のように直接仲良くしてくれる人は稀なんだよね……


「……大丈夫。陰口には慣れてるから」


 強がりといえば強がりなんだろうけど。


 わたし、勇者認定されてから、冒険者ギルドでも陰口には晒されてきたんだ。


 学園と違う点は、あんまりひどいようなら街を移れば済んだって事。


 わたしはこぼれそうなため息を無理に飲み込む。


 三年間、無事に済むかしら。


 どこかで怒りが暴発して、決闘を申し込んでしまいそう。


 そんな考えをかき消そうと頭を振って、わたしはルシア様に微笑みかける。


「庶民育ちというのは事実ですもの。

 令嬢として認められるよう、努力するだけですわ」


 そう。


 直接手を出せないなら、文句つけようもないほど、立派な令嬢になるのみ。


「シーラ様は十分すぎるほどに立派だと思いますけれど」


 そう言ってくれるルシア様は、きっと宴でわたしに助けられたから色眼鏡がかかってるんだわ。


「わたくしなんてまだまだ。

 真の令嬢っていうのは――」


 と、わたしは窓際最前列の座って本を呼んでいる令嬢に目を向ける。


 美しく波打つ金髪を背中に流し、みんなと揃いの制服姿だというのに、ひとりだけドレスでも纏っているかのようにきらめいて見えるご令嬢。


 ――アリシア・オルベール公爵令嬢。


 その所作ひとつひとつが洗練されていて、まるで鍛え抜いた武人にも通じるものがある。


 入学式の新入生代表の挨拶で彼女を初めて見た時、わたしは身体が震えるのを禁じ得なかった。


 あれこそ、わたしが目指すべき令嬢の形!


 そう思わずにはいられなかったわ。


 昨年、ご病気で入学できなかったそうで、彼女はわたしよりひとつ上の十六歳なのだという。


 まだお話した事はないけれど……なんとか仲良くなれないかなぁ。


 陰口で溜まっていた不満も、あの方を眺めているだけで洗い流されていくような気がするから不思議だ。


「本当にシーラ様はアリシア様がお好きですのね」


 ルシア様がクスクス笑い、わたしはそれに深く同意してみせる。


 と、そんな時。


 アリシア様が普段の静かで洗練された動作とは打って変わって、音を立てて本を閉じられた。


「――本当に嫌な空気ですこと」


 静かなのによく通る声が教室に響く。


「――アリシア様もそう思いますわよね! 庶民臭くて仕方ありませんわ!」


 わたしの陰口を言っていた令嬢のひとりが、満面の笑みでアリシア様にすり寄る。


 細められたその目の端で、チラチラとわたしを見ているのがよくわかった。


「わたくしはその臭う口を閉じて頂きたいと申し上げておりますの。

 ――、ですわよ?」


 ザワリと教室内が色めき立ち、直後に静寂が幕を下ろす。


 そんな中でも、アリシア様はまるで物怖じせずに、わたしの方へと歩いてきて。


 ――え? わたしの方に来るの!?


 呆然としている間にも、アリシア様はわたしの机の前に立つと、その手を机に振り下ろした。


「あなたもあなたです。シーラ・ウィンスター。

 仮にも陛下に銀華のつぼみとまで呼ばれておきながら、なぜあのような口さがない者達を放置しているのです!」


 やだ。


 アリシア様、わたしの事、ご存知だったの? 嬉しい。


 ――じゃなくて。


 驚きのあまり思考が飛んで行っていたわたしです。


「あの晩のように、やってしまえばよろしいでしょう?

 ウィンスター流……そして、あなたのお母様がそうしていたように」


 あのパーティーに、アリシア様もいらっしゃってたの?


 それにお母様の事もご存知の様子。


「その……いろいろと込み入った事情がありまして……」


 へらりと笑うわたしに、アリシア様は焦れたようにわたしに顔を寄せる。


「銀華をしおれさせるような事情とは、どれほど重要なものなのかしら?

 ――そうね。ここは空気が良くありませんし、場所を変えましょう。

 詳しく聞かせて頂けるわね?」


「――うえ? へ、へい!」


 戸惑いと驚きが混ざって、思わず変な返事になっちゃった。


 横目でルシア様を見たけれど、彼女は眉尻を下げた困り顔で、わたしに手を振ってくる。


「さあ、行きますわよ!」


 教室中の注目を浴びながら。


 わたしは憧れのアリシア様に手を引かれて教室を後にした。

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